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  ジョー山中 馮祥雲  
ジョー山中  ミュージシャン
Joe Yamanaka
  ジョー山中NEW YEAR ROCK FESTIVALの記念すべき海外初ライブ。
音楽を通じて、世界平和をアジアから発信したいですね。

ジョー山中氏のライブが、10年数年ぶりに上海で行われることになった。しかもこのライブは、日本で32回目を迎える「ニューイヤー・ロックフェスティバル」初の海外バージョンで、上海ではジョー山中バンドに加え、中国のロックバンドも参加。かなり熱いカウントダウンライブになりそうだ。
ジョー山中氏といえば、角川映画「人間の証明」でハーレムから日本へ母を訪ねてくる黒人青年、ジョニー・ヘイワード役を演じ、同映画の主題歌が大ヒットしたことでも知られているが、やはり彼のその本領はライブにある。「信念を持って音楽を続けてきた」と語る氏に、上海ライブ直前のお話を伺った。
 
  この年末に上海でニューイヤー・ロックフェスティバル※1を行うそうですが、この上海ライブ実現までの経緯を教えていただけますか?  
 
ニューイヤー・ロックフェスティバル
今年で32回目を迎える「ニューイヤー・ロックフェスティバル」。不良少年たち?のパワーは今でも健在だ。
東京でやっている「ニューイヤー・ロックフェスティバル」はすでに32年続いているイベントなんです。最初に内田裕也さんが音頭をとってスタートしたんだけど、ロックのイベントでこんなに長く続いているのって、ギネスものだと思いますね。このイベントを通じて、もっとアジアのミュージシャンとコラボレーションをしたいなと思ったのが、上海ライブの直接のきっかけなんです。今回はその記念すべき一回目になります。意外と中国のロックバンドは日本では知られていないので、このイベントを通じて中国のいいバンドを日本に紹介したい。もちろん「ニューイヤー・ロックフェスティバル」は例年通り東京・浅草でもやるし、ここ上海での様子も含めて、年明けにフジテレビで放送される予定です(オンエアは二〇〇五年一月六日予定)。
海外ではまだ一回目で手探りの部分はあるけれど、来年は韓国の38度線でライブをやることも企画中で、東京ー上海ーソウルのライブができたらいいなと思ってるんです。音楽を通じて世界平和をアジアから発信したいですね。
 
  ジョーさんは以前にも上海や北京でライブで来られていますよね?  
  はじめて上海に行ったのは今から一〇数年前で、上海国際音楽祭のゲストで政府からの招聘でした。確か92年だったかな?空港に着くとやたらたくさんマスコミの人がいるので、誰か政治家でも来てるのかな?と思ったら、なんと僕の出迎えだった(笑)。しかもリムジンの出迎えまであって、正直言ってびっくりしましたね。周りの人に聞いたら、どうも「人間の証明のテーマ」を中国のアーティストがカバーで歌ってヒットしていた時期で、歌ってる本人が来るということで盛り上がっていたみたいです。「人間の証明のテーマ」は中国では「草帽歌」っていうタイトルで、音楽祭のステージでもけっこう受けました。その翌年には北京、上海、天津を廻るツアーもやって、北京のCCTVでは一時間の特別番組まで作られて中国全土にオンエアされたり。ただサウンド面では今から一〇年以上前の中国だったので、ちょっと頭が痛かった(笑)。当時、ヤマハの人に楽器をサポートしてもらったり、いろいろお世話になりましたね。  
  ジョーさんは音楽活動以外に世界各国でチャリティ・ライブをされていますが、ボランティアをやろうと思った大きなきっかけは何だったんでしょうか?  
  初めてのボランティアはNGOの「グローバル・レインボーシップ」から参加してくれと言われたのが最初で、カンボジアで戦争が起こっていた時です。当時は自分でも「何かをしなきゃいけない」とすごく感じていて、実際に行ってみると、やはり僕たちには想像のできない貧困や生活の悲惨さがショックでした。日本で住んでいる僕たちにとっては非日常の世界だけど、それを日常として生活している人がたくさんいるわけですから。今までチャリティも含めて、ガーナ、ギニア、スーダン、ベトナム、中国、北朝鮮、フィリピン、ブラジル、アルゼンチン、トルコ、イスラエルなど、さまざまな国へボランティアで行かせてもらっていますが、これからも自分のライフワークとして続けていくつもりです。  
  フラワー・トラベリン・バンド※2時代のことについてお聞きしますが、当時、日本から初めて海外に行って成功したバンドとしてその後のミュージシャンたちに大きな影響を与えたと思います。バンド最盛期の頃はどんな状況だったのでしょうか?  
 
ジョー山中
ふだん聴くのはオーティス・レディング、レイ・チャールズ、ジェームス・ブラウンなど70年代のソウルが多い。先日、レイ・チャールズのトリビュートライブを横浜で行ったとか。
まだ日本にロックっていう言葉さえなかった時代でしたからね。当時の日本では、ロックなんて不良少年がやるもので、ビジネスになるなんて誰も思っていなかった。そういう状況の中で自分たちでロックを開拓しようとしていた、たいへんな時期でした。若かったし、ただ、がむしゃらに突っ走っていたというか。解散したのはそれぞれが自分の方向性に目覚めたからです。日本のバンドで海外に行ったのは僕たちが最初で、まったく何のコネクションもない状況でした。本当に当時の僕たちは開拓者だったと思いますね。
あと僕の場合、81年当時の日本でレゲエをやるミュージシャンなんていなかった時代に、ボブ・マーリィのバンドと一緒にやりたくて、単身で知り合いのギタリストの住所を頼りにアメリカへ行ったこともありました。ウェイラーズのメンバーに合うまでに1カ月かかったんですけど、結局一緒にレコーディングできました。20年前にドレッドしてる奴は日本にはいなかったですよ(笑)。それからしばらくして、日本でもレゲエをやるミュージシャンが増えてきましたけどね。
振り返ると、なぜか僕はいつも開拓者になる運命だったと思います。もっと楽にお金儲けする方法もたくさんあったけれど、あえて茨の道ばかりを選んできた。でも僕自身は、そういう信念みたいなものがロックなんだと思うんです。
 
  今回のロックフェスティバルでは中国のミュージシャンとも共演される予定ですが、中国のミュージシャンで気になる人はいますか?  
  崔建っていうアーティストが、僕の「人間の証明のテーマ」をアルバムの中でカバーしているんです。彼のCDが日本でも発売されていて、それを聞いて興味を持ちました。彼とは今回のカウントダウンライブで一緒にできないかをミッキー吉野経由で話をしたんだけれど、年末のスケジュールがうまく合わなくて。サウンドはちょっと重ためだけど、彼の音楽には本物のメッセージがあると思いました。彼とはいつか一緒にやりたいですね。実は日本のアーティストでちゃんとメッセージがある人って少ない。みんなただの「情報」なんです。  
  上海のライブではどんなセットリストになりそうですか?  
  セットリストとしては、フラワー時代の曲もやるし、バラードもブルースもちょっとヘヴィなロックもやるつもりです。もちろん、「人間の証明」も。12時のカウントダウンでは、stand by meのレゲエ・バージョンをやろうかなと思っているんです。この曲は英語もわかりやすいし、みんなで歌えるし。あと今回のライブでは1曲くらい中国の歌をやろうかなと思っています。とにかく初めて海外でやるニューイヤー・ロックフェスティバルだから、みんなで盛り上がって年を越したいですね。  
  ※1 ニューイヤー・ロックフェスティバル
内田裕也氏が72年からスタートさせた年末年始にかけてのカウントダウンライブ。30数年以上も紅白に挑み続け、今年でついに32年目を迎える。昨年は「30周年+1 不滅のワルガキ達!望一平和」と題して浅草ロック座にて開催された。昨年の出演者は、内田裕也&トルーマン・カポーティ R&R BAND、ジョー山中、力也、シーナ&ロケッツ、白竜、THE NEWS、李世福コネクション、石橋勲BAND、氏神一番、ジョニー大倉、内海利勝、桑名正博など。

※2 フラワー・トラベリン・バンド
内田裕也プロデュースにより70年結成。メンバーはジョー山中(vo)、石間秀樹(g)、和田ジョージ(ds)、上月ジュン(b)。大阪万博でライトハウスと共演し、彼らに認められカナダに渡る。翌年、アルバム「SATORI」を日本、カナダ、アメリカで同時発表。カナダのチャートで1位を記録する。また、トロントにてEL&P、ブルースプロジェクトと共演など、フラワーの情報は日本より海外から入ることが多かった。72年、アルバム「Made In Japan」を発表。翌年二枚組アルバム「Make up」発表後、京都丸山公演野外音楽堂のライブにて解散する。
 
  ジョー山中(Joe Yamanaka) プロフィール  
  ジョー山中本名:山中明 1946年9月2日横浜生まれ。1966年、当時のグループサウンズブームに乗り、その特異なマスクで業界の注目の中デビュー。1970年、フラワー・トラベリン・バンド結成。日本から初めて海外へ行ったロックバンドとしてカナダ、アメリカのチャートでも成功を収める。72年にバンド解散後はソロになり、74年アルバム「Joe」を発表。77年角川映画「人間の証明」に出演し、また主題歌の「人間の証明のテーマ」も担当。50万枚の大ヒットとなる。これ以降、78年アルバム「武道館ライブ」、79年映画「戦国自衛隊」の挿入歌「ララバイ・オブ・ユー」を発表。ロックシンガージョー山中の地位を不動のものにした。80年代に入ると映画「戒厳令の夜」の音楽を担当、主題歌「哀しみのフローレンス」の作詞・作曲を手がけ、また「ロックミュージカル'80ハムレット」に主演する。82年にはボブ・マーリーのウェラーズとアルバム「レゲエ・バイブレーション1」を発表、その後「レゲエ・バイブレーション2」「レゲエ・バイブレーション3」の発表により、日本におけるレゲエの第一人者としての地位も獲得した。86年、音楽生活20周年記念アルバム「20th ANNYVERSARY」を発表。89年には映画「座頭市」出演、90年にはジム・ベケット監督のハリウッド映画「オリテリア・モーティブス」に出演するなど、ロックシンガーだけでなく、俳優としても活動を行う。90年代に入るとチャリティやボランティアへの参加も活発になり、90年のタイを皮切りにカンボジア、ロシア、ミャンマー、ガーナ、ギニア、ベトナム、ジャマイカなど各国を訪問。その活動はライフワークとして続けられている。99年にはジョニー・吉長と共に久々のバンドJ・JPROJECTを結成。2000年10月にはミッキー吉野をプロデューサーに迎え、ソロマキシシングル「A MAN,beyond the sky」を発表、2001年にはソロマキシシングル「Moocha,Koocha」を発表。2001年3月オリジナルアルバム「W's」を発表。2003年9月元オフコースの鈴木康博、松崎しげる、元ガロの大野真澄とアカペラで桑田佳祐作品集「KEISUKE KUWATA MELODIES」を発表。現在、ミッキー吉野を従え、ライブ、テレビ出演、映画出演と幅広い活動を行っている。
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