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てくてく上海歴史散歩
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  ■てくてく★旧日本人居住地区を歩こう  
  1930年代当時、日本からパスポートなしで行ける唯一の外国だった上海。最大10万人を超える日本人が住んでいたのが北蘇州河より北側の虹口地区、通称「日本人租界」である。今なお残る古い租界時代の建築物を訪ねながら、かつての日本人たちの暮らしに思いを巡らせてみよう。  
  長治路から漢陽路へ  
 
萬歳館(現雑居5階建てビル)

上海大厦の前から黄浦路〜青浦路〜大名路と進んで、閔行路を右折してすぐ。すぐ角に見えるレトロな建物が1904年創業の旅館「萬歳館」。作家の佐藤春夫や芥川龍之介など有名作家もここを常宿にしていたという。外白渡橋を渡ってすぐという便利さも手伝い、当時は由緒ある旅館として日本人でかなり繁盛していた。
場:長治路×閔行路
 
 
フレンチスクール(現上海北虹中学)

1874年フランスのイエスズ会が開いた学校。生徒の国籍は20数カ国に及び、通称「フランス校」と呼ばれていた。日本人師弟も数多く通っていたという。1952年に教会の管理を離れ、1953年に公立校となる。現在は虹口区の重点中学。学校の向かいにカトリック教会の天主堂(旧聖心堂)がある。

場:文沽路×南潯路
 
 
公安大楼

旧虹口マーケット向かい(今はまったく面影もないが・・)ちょうど▲のてっぺんに位置するところに位置する「公安大楼」。元は租界警察の日本人巡査たちの家族用のアパートとして1931年に建てられた。現在も公安部の家族宿舎になっている。れんが作りの8階建てで、エレベーターなど当時の最新設備が備えられていた。

場:漢陽路×塘沽路
 
  呉淞路から崑山路へ  
 
上海日本居留民団(現一般アパート)

上海に住む日本人の自治団体として1907年に設立。最大10万人以上と言われる日本人居留民を、実質的に管理していたのがここだった。傘下に180近くの町内会組織を持ち、所得に応じた課金を徴収し、火葬場、学校、診療所などの運営を行っていた。隣には現上海財形大学夜間部がある。

場:崑山路×乍浦路
 
 
景林堂(現景霊堂)

居留民団跡の向かいにあるのがアメリカメソジスト派の教会「景霊堂」。宋慶齢の父、宋耀如が一時期牧師を務めていたため、宋一族もしばしばここに礼拝に訪れていた。以前はアメリカの宣教師、林楽知が設立した中西書院の礼拝堂だったが、1907年に改名して景林堂に。クラシックで荘厳な外観は一見の価値あり。
場:崑山路×乍浦路
 
 
西本願寺別院

1906年に上海別院を開き、1931年春に乍浦路に移転。99年に上海市優秀歴史建築に指定されている。日本人である岡野重久の設計で、築地本願寺を模したインド風の建築様式は当時はひときわ目立っていただろうと推測する。以前はディスコがあったそうだが今はなく、現在は一部オフィスとして使用されている模様。
場:武進路×乍浦路
 
  崑山路から四川北路へ  
 
乍浦路254号住宅

趣のある外観が遠くからでも目を惹くが、以前ここがどんな場所だったのかは残念ながら不明。この付近は1920年代末まではロシア系人の経営の娼館が多く、その後は日本人経営の芸者置屋なども多かったそうだが・・。

場:崑山路×乍浦路
 
ピアスアパート(現浦西公寓)

1931年に建てられたれんが作りの高級アパート。当時はサスーン財閥傘下の不動産会社が経営していた。はじめは7階建てだったが、1977年に増築して現在の9階建てとなる。当時は75室のほとんどに外国人が入居していた。

場:塘沽路×乍浦路
 
 
大橋大楼

1930年代始めに建てられたL字型の7階建てビル。上海事変後、いったんは日本憲兵隊が買収したが、戦後は国民党軍の警備指令部が置かれ、その後は1948年に中国銀行が購入、現在は社宅となっている。

場:四川北路
 
  四川北路から外白渡橋へ  
 
新亜大酒店

1934年に創業した香港を本拠地とするホテル。8階建てで、30年代当時は売春、賭博、アヘンを持ち込まないことを営業方針にしていた。現在は3つ星の中級ホテルで、国際船乗り場に近いことから、外国人の利用も多い。

場:四川北路
 
 
上海郵政局(現上海市郵政局)

スチュアドソン&スペンス事務所設計による4階建て。重厚な古典建築は国際都市・上海の歴史の重みをうかがわせてくれる。ワシントン条約で中国内の外国郵便局が廃止された後に竣工した。屋上鐘楼にあった天使のレリーフなどは文革時に破壊されている。

場:四川北路
 
 
上海大厦(百老匯大厦/Broadway Mansion)

上海アールデコ様式を代表する建築物。ブロードウェイマンション(百老匯大厦)の名前の由来は虹口百老匯路口にあったことから付けられ、1951年に上海大厦に改名された。18階のベランダから臨む外灘の眺めのすばらしさはあまりにも有名。

住:北蘇州路20号
 
  開発著しい上海。歩くならお早めに!  
 
ご存じの通り、日本人が大量に住んでいた虹口地区。ただあまりにも広いので、歩く入門編としておすすめしたいのが蘇州河より北を中心にしたエリア。上海大厦をスタートしてだいたい1時間半もあれば、なんとなく懐かしい気分で代表的なポイントが散策できる(市内中心部よりもパジャマ率高し)。ただし最近、再開発が急ピッチで進んでいる虹口地区なので、萬歳館をはじめ、近年中には古い建築物の建て直しが決定している場所も。興味のある方は早めに見に行こう。その他、魯迅公園とその周辺、内山書店の周り、やや下って横浜橋付近も上海にいた日本人の足跡がわかる定番スポットだ。
 
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