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てくてく上海歴史散歩
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  ■てくてく★魯迅の足跡を歩こう  
  魯迅は1927年10月3日に広州からやって来てから1936年10月19日に病気で亡くなるまで、最も苦しく最も輝いた最後の10年を上海で過ごした。上海という街に彼が残した足跡と思い出は、アパート、避難所、学校、本屋、墓地と多く、記念館も造られている。100以上もあるであろうその足跡の中から重要な意味を持つ場所をご紹介。  
  緑と笑顔と、念願の平和に囲まれて眠る  
 
住:東江湾路146号  料:  無料
時:5:00〜18:00(4月1日〜6月30日)、〜19:00(7月1日〜9月30日)、6:00〜18:00(10月1日〜3月31日)
魯迅公園

ただの農地であったこの場所に1896年イギリス人が射撃訓練場を造り、さらに英国のグラスゴースポーツパークをモデルに「極東で最も美しい公園」と讃えられた「虹口娯楽場」を造り上げたのが魯迅公園の始まりだ。辛亥革命以後にはキチンとした服装の中国人の入園が許可され、1921年に「虹口公園」と改名され今に至る。ここを散歩するのを好んだ魯迅にちなみ、逝去20年してからここに遺体が改葬された。戦争中には日本軍の弾薬庫だったこの魯迅公園には今、中日青年友好を記念する鐘が造られ平和の尊さを語っている。
 
 
場:魯迅公園内
魯迅墓

1936年10月19日に魯迅が病により逝去したおりには、国民党軍警察の妨害にもよらず1万ものの人々が22日の万国公墓での葬式に参加した。1956年、上海市市長の陳毅が魯迅墓遷移委員会の仕事を主事し、墓には毛沢東により「魯迅先生之墓」と揮毫された。墓地に使われた花崗岩の荒い削りは、魯迅の質素で剛毅な性格に良く似合っている。魯迅の座像を造ったのは同じく日本留学経験者である蕭伝玖。東大で彫刻を勉強した彼の造り上げたこの魯迅像は藤椅子の上に座り、左手で本を握り、憂国憂民の眼差しで遠くを見つめ続けている。
 
  彼の偉大な生涯をここでたどろう  
 
場:魯迅公園
時:9:00〜17:00(入館は16:00まで)
料:8元/成人、4元/中小学生
魯迅記念館

上海魯迅記念館は魯迅の墓が移転されるとともに住居があった山陰路から公園内に移転されてきたものだ。拡張工事を行なう時には国内外から多数の魯迅に関する物や寄付金が送られた。入り口わきにある寄付者リストには内山完造、児島亨、彼得洛夫といったともに戦った同志たちの名前も見られる。
記念館全体のスタイルは魯迅の故郷紹興の民家をイメージした青レンガに白壁のシンプルで素朴なもの。館内にはテーマに沿って各時期の作品などが展示されている。これらの原稿、出版物、写真、手紙などといった資料は20万件、北京での講演時に着用した羊毛のコートと帽子、臨終時の体温記録と呼吸器、それに友人の奥田杏花が死の直後にとったデスマスクなどの遺品は約1万件が所蔵されている。
他に、魯迅が子供時代に通った三昧書屋、「阿Q正伝」の舞台紹興の農村の模型、青年彫刻家と語り合う魯迅の精巧な蝋人形も展示されている。面白いのは記念館に作られた小さな内山書店。記念品や書籍を扱う商店として機能しているこの書店にはなんだか懐かしいような雰囲気が漂っている。
 
  今でも現役で活躍中の旧居  
 
 
魯迅旧居1  景雲里

多倫路文化一条街にほど近い横浜路景雲里、静かな弄堂をでるとすぐに賑やかな市場に出るその様子は地下鉄三号線さえなければまるで昔のままだ。このごく普通の弄堂に中国の有名な文化人茅盾や葉聖陶が住んでおり、魯迅とはご近所同志だった。魯迅は23号の自宅を自分を頼って来た柔石に譲って18号に移り、後また17号に移った。

住:横浜路景雲里35弄23号
 
住:四川北路2093号  北川公萬
魯迅旧居2  ラモスアパート

四川北路にあるラモスアパートは上海初期に映画業に携ったラモスが建てた鉄筋コンクリート4階建ての高級アパートだ。1978年に1階建て増しし、現在は5階建てとなっている。繁華な四川北路に面した真っ白な外観が、今でも目立っている。魯迅は反動勢力の迫害を避けるため内山完造の名義でここの3階の4室を借り、入り口に内山の名刺まで貼って住んでいた。1932年、魯迅はここで銃弾飛び交う上海事変を経験する。
 
  内山書店から自宅までは徒歩2分  
 
魯迅旧居3  大陸新村

大陸銀行の社員住宅だったのを内山書店の鎌田誠一名義で借りていた、魯迅最後の住居。内山書店にも近くラモスアパートのようにうるさくないこの家を魯迅は気に入っていた。1階は応接間と食堂、2階は寝室と書斎、3階は子供部屋と客室として使用、書斎のカレンダーと時計は魯迅の逝去した1936年10月19日の朝5時25分で止まっている。

住:山陰路132号大陸新村9号
料:4元
時:9:00〜17:00(入場は16:00まで)
 
 
内山書店跡

魯迅の上海の旧居はすべて四川北路を中心に互いに徒歩10分ぐらいの距離で存在している。それは四川北路が文化出版の中心であったことと内山書店の存在と無関係ではない。内山書店では1000冊以上の書類を購入し、友達と語り合い、共産党と連絡をとり、避難をしたりしていた。今は工商銀行となっているが、2階には記念室が残っている。

住:四川北路2048号
 
  魯迅のいた上海  
 
文学に対する情熱と内山完造との友情が魯迅が虹口地区に住み続けた理由。ここには彼の愛する公園、書店、コーヒーショップ、映画館があり、通う病院も友人達の家もすぐそばだった。お陰で魯迅の足跡もたどりやすくなっている。まず魯迅公園からスタート、記念館でゆっくり時間をつぶそう。それから山陰路側の出口を出て徒歩数分で大陸新村の旧居に着く。そこから右に曲がって四川北路の内山書店とラモスアパートへ、最後に夕日を浴びながら魯迅の上海最初の住居、景雲里へどうぞ。夕飯の支度や洗濯物の取り込みなどの生活を感じながら歩けば、魯迅への親近感も湧いてくるだろう。
 
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