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第75回
日清汽船会社 陳祖恩
日清汽船会社上海支社

  上海開港間もない中国の、主に長江流域と内陸の経済都市を結ぶ国内航路は、英国系商社と中華系商社が独占していたが、日清戦争以降、沙市・重慶・蘇州・杭州の四カ所対外港が新たに開かれた。日本籍の船もこれら港を利用できるようになり、これまで布かれていた「長江以外の大陸の河川を外国籍の船が通航してはならない」という制限が撤廃される。

  1896年、中国と日本 は『日清通商航海条約』を締結。日本が中国内にて欧米列強と同様の領事裁判権及び片務的最恵国として待遇することが定められ、日本は長江及び支流の航行権を獲得した。 日本の海運企業は、同国政府の援助もあり、すぐさま上海港を利用し始め、大東汽船、湖南汽船、日本郵船、大阪商船などの大海運業者は上海を基盤に、長江流域及び沿岸の各港へと進出した。

 1907年、日本政府は中国での競争力を更に高めるため、 「兄弟同士で一致団結し、外国勢に立ち向かおう」と、各海運企業に提案。中国輪船招商局や英国系の怡和、太古輪船公司との競争に打ち勝つため、日本政府逓信省の仲介で、大阪商船会社や長江流域を経営圏にしている日本郵船、湖南汽船、大東汽船などの株式会社の在中国資産を合併し、中国国内業務 を一括する会社、日清汽船株式会社(略称日清汽船)が創設された。

 本社は東京に、支社は上海と漢口に設立。上海支社は黄浦灘路5 号にあり、天津・広州・鎮江・南京・蕪湖・九江の事務所を管轄。漢口支社は宜昌・重慶・長沙の事務所を管轄し、更に上海、漢口支社に買弁部が置かれた。

  日清汽船公司は設立後、日本政府から毎年80万円の資金援助と、水上・湾岸設備の優遇を受け、英国系・中華系の同業者たちと熾烈な競争を始めた。同社のその経営方針の一部を紹介する。

@日本郵船会社と、中国・海外の旅客・貨物連絡輸送業務を契約し、上海港から日本へ輸送される貨物は全て日本郵船が請け負い、日清の貨物引換証で、日本の各港で貨物の受け渡しを可能とする。日本から上海に輸送される貨物は、同様に日本郵船の貨物引換証があれば上海で貨物の受け渡しを可能とする。
A定期航路を就航させ、旅客数、損益にかかわらず、スケジュール通りに運行すること。
B賃下げ競争に関し、運賃は表向きは5%引きとするが、貨物の多寡により、実質10%から20% まで割引すること。上海から漢口の三等船室の運賃は4.2元から0.8元に引き下げ、一日2回の食事を無料提供すること。
C優待荷主或いは荷主の親戚・知人などが同行して乗船するは、無料で個室をあてがうこと。

  こうした経営方針に加え、更にいくつかの措置により、競争力を強めた日清は、急速に成長し、瞬く間に上海港最大規模の、最も競争力のある海運企業の一つになった。1914年から1921年の間に、日清は8隻 の汽船を購入し、更に長江内陸航路では14艘を稼動させ、1918年に1012.5万円を増資。日本籍の汽船の湾岸占有 率は37%に達し、太古や怡和、輪船招商局を抜いた。1925年までの、同社の総収入は10517円、年平均553万円 を売上げるまでになり、そのうち1918年、1919年は年平均1020万円を超え、年平均430万円の利益があった。

  日清の中国での成功の裏には、買弁の王一亭の功労がある。一亭は日清汽船から支払われ る定期的な報酬以外に、積載輸送費の一部を一定の比率で与えられていた。外国商社と客との通訳者、仲介人である買弁の懐には、更に定価と実際の取引との差額が入っていた。日清汽船の航路は長江の内陸河川で、 日本郵船は外洋を航路としているため、一亭は日本郵船会社の買弁、李志芳と手を組み始める。日清汽船の手数料は一亭が40%、李が60%、日本郵船の手数料は一亭が60%、李が40%を 取ると二人で決め、運輸業務を更に円滑に進めた。当時、日系会社は買弁の手数料を、外洋航路なら輸送料の3%、内陸河川なら5%と規定している(旅客輸送は買弁の手数料には含まていた)。一亭はこうして相当 な収入を得、その金額は毎年数万から十数万元もあったという。買弁の収入と、会社の業績 は比例している。一亭が稼げば稼ぐほど、日清汽船の利益も右肩上がりだった。

  日清汽船会社は買弁業務に関する規則を遵守し、王一亭に必要以上に干渉することはなかった。一亭は業務が終わると買弁室をアトリエに、詩を作り、絵を描き続けた。1919年4月、 西洋画家石井柏亭がヨーロッパ視察のあとに上海に立ち寄った時、王一亭の名を慕い、訪ねている。彼は当時の記憶を「日 清汽船の買弁としての立場から言えば、絵画は王一亭にとっては優雅な趣味でしかない。とは言え、彼が上海屈指の画家であることに変わりはない」と記している。

 
  陳祖恩  
  東華大学人文学院教授/上海社会科学院歴史研究所研究員。
1994年から上海の日本人居留者たちの研究を始める。著書に《明治時代の上海日本人居留民》《上海日本居留民の子弟教育》《日本僑民在上海(写真集と共著)》などがある。