Walker
中国最新情報満載!!
Contents/Serialize
第64回  
罪を犯した者たち 陳祖恩
点石画報で掲載された「沈開福」事件
上海の居留邦人がまだ7人しかいなかった1870年7月 、日本民部省が外務省の許可を経て、英国租界の新大橋南川岸3号に、居留邦人の管理と対外交渉を担当する「開店社」という名の駐在機関を設立した。同年11月、各国の駐在領事との連絡のため、開店社内に上海出張所を開設。これが日本領事館の前身である。1873年に日本領事館が正式に設けられた後は、居留邦人に在留規則を始め、様々な法規を発布し、居留邦人に「法規を遵守し、日本国の体面を辱めないように」と要求1897年には更に居留邦人を専門に管轄する領事館警察を設置し、居留邦人の違法行為やトラブルの処理を行った。日本領事館が居留邦人が現地で違法行為や乱行を起こさないために考えられる必要な措置をとっていたとは言え、いつの時代も犯罪は起こるものである。中でも多かったのが、人力車の車夫への暴力行為だった。1883年7月14日夕刻、2人の日本人が人力車を利用し虹口へ向かったが、運賃のことで車夫と揉め、2人が車夫を殴り、工部局の巡査に注意を受けた。だが気が立っていた乗客が、近所の豆腐屋から包丁を持ち出して暴れたが、逆に通行人に包丁を奪われた。更に2人は棍棒を手に巡査を襲ったが、衆人の協力で巡査は何とか2人をした。 
1885年7月23日夜、1人の日本人が人力車を拾い、大橋のたもとにある日本式の旅館まで乗車した。到着地でやはり運賃が原因で車夫と揉め、乗客が抜刀して車夫の額右を切りつけた。通報を受けた巡査が直ちに現地に到着し、加害者を逮捕しようとしたが加害者はそれを拒絶。更に3人の巡査を派遣し、ようやく逮捕した。この日本人は後に日本領事館へと移送され、日本領事によって処罰を受けた。 
泥酔してトラブル起こす日本人や、からかった女性に拒絶されたがために抜刀し、被害者を出した事件などもしばしば起こった。1913年1月、小山岸雲鶴が酒に酔い、何の罪もない陸阿賢や馬阿生など顔に硝酸をかけるというごたらしい事件が発生。この案件は西田副領事が審理し、禁固4ヶ月の判決を下した。 
1891年、上海市民を脅かす大事件が起きた。尾本・福・七厘・荒川・奈良の5名の日本人が、居住していた上海城内の石皮弄にある、馮公館内で中国語を勉強していた。馮公館の近所には、沈開福という52歳の小さな商店を営む中国人一家が住んでいた。沈家で飼っていた犬は、尾本らが家の前を通る度に狂ったように吠えていたため、尾本らが沈開福にしばしばクレームを発していた。7月3日夜9時、酒に酔った尾本らが帰宅時に沈家の前を通った際、また犬が激しく吠えいてきた。腹を立てた尾本らは酒の勢いもあり、飼い主の沈開福を木刀で思う存分殴った上、刀で切りつけた。沈開福の妻子や隣人たちが騒ぎを聞いて表に出てきたときには、開福は全身血だらけ、虫の息の状態だった。衆人が「東洋人打死人了!」(日本人が人を殺した)と尾本らを捕まえようとしたが、形勢不利になった尾本らは周りを恫喝しつつ、馮公館に逃げ込んだ。翌日明け方に逃亡しようとしていた尾本らを、張り込んでいた上海県巡邏が捕獲。彼らの所持品を調べたところ、銃弾2袋を所持しており、後に行なわれた馮公館を家宅調査では、大刀4本、銃剣1本、拳銃1丁を隠匿していたことが発覚。検死によって、沈開福の遺体には10ヶ所の刀傷と、無数の打撲傷があり、そのうちの頭頂部とこめかみの2つの刀傷が致命傷だと判明した。このむごたらしい遺体の検死には、日本領事鶴原定吉も立ち会った。加害者らは日本領事館に拘禁されたが、重罪ゆえに長崎に移送され、長崎裁判所で審理を受け、9年の禁固刑が言い渡された。 
20世紀に入ると、居留邦人が犯す違法行為の大半が銃刀や弾薬の密輸・密売になった。1922年だけでもこの種の案件が十数件ある。6月12日、南潯路18号に住む日本人が数名の日本人を雇い、海外から新式拳銃40丁と銃弾4千発余りを上海に密輸。だがサンパン船からこれら密輸品を陸揚げしようとした際にチンピラに貨物を奪われた。この案件に関わった日本人は全員逮捕された。 
7月25日、日本人2人が海外から拳銃1箱と銃弾を上海に密輸したが、公平路埠頭の検閲で発覚し、武器は押収された。 
こうした案件の中で、押収量が最大だったのが、浅野田の案件である。浅野田は楊樹浦路1461号に住み、海外から密輸した拳銃を呉淞路900号にあった日本家屋と鴨緑江路2号の日系ゴム靴店の女店主に供給し、密売させた。だがこの2ヶ所は間もなく巡邏によって家宅捜査を受けた。密輸が発覚したことを知った浅野は、人力車夫を使って2ヶ所に置いていた拳銃・銃弾を楊樹浦路と隣人の日本人家宅に隠蔽したが、これも発覚し、最終的に銃器70丁、銃弾4000発弱が押収された。10月4日、浅野日本領事館から禁固29日の判決を言い渡された。
  陳祖恩  
  東華大学人文学院教授/上海社会科学院歴史研究所研究員。
1994年から上海の日本人居留者たちの研究を始める。著書に《明治時代の上海日本人居留民》《上海日本居留民の子弟教育》《日本僑民在上海(写真集と共著)》などがある。