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ワンタン
  中国の江南地方は稲作地方だ。当然米が主食で、小麦粉を原料とした加工食品は、副食品とされている。主食は飢えを満たすもの、副食は食事を楽しむためのもの。小麦加工品を主食としている北方の人々からすると、江南の小麦加工品は種類が豊富で、ワンタンも種類が豊富だ、という。今月は、 このワンタンにまつわる話をいくつかご紹介する。  
 

 

清末の上海ワンタン売り
「ワンタン」の呼び名

中国南部には、ワンタンの呼び方がいくつかある。広東一帯では「雲呑」。広東人独特の「飩」の異読だという。福建一帯では「扁食」という名前を使うことが多いのだが、この単語の由来は福建人もよく知らないらしい。筆者は「便食(手軽な食事、扁食とほぼ同音)」の誤読から発生したのではないかと推測する。ワンタンは来客があったときなどに、主食としてもおかずとしても提供できる、非常に便利な料理だからだ。
江西一帯では「清湯」と呼ばれる。初めて江西に行った時に、色々なラーメン屋が「清湯大麺」と大書きしているのを目にして、「このラーメン屋のスープはさぞさっぱりしているのだろう」と思ったのだが、後に「清湯」はスープではなく、ワンタンのことだと知った。四川一帯では「抄手」と呼ぶ。 どうやらワンタンを包む作業からこの名がついたらしい。ワンタンの皮を左手のひらにのせ、右手で餡を皮の上にのせ、左手を抄(掴む)とワンタンが完成することから由来しているそうだ。


上海人とワンタン


昔の上海豫園の屋台
ワンタンは軽食の一つで、小腹を満たすものであり、満腹感を得るためのものではない。ゆえに昔のワンタンの皮は非常に薄く、中に少しだけ餡を入れ、皮をきゅっとひねってさっと茹でれば完成だ。こうして作るワンタンは皮が薄く、紗のように透明に見えるので、上海人は「皺紗飩」とも呼んだ。皮が少し分厚く、餡も多めに入っているワンタンは、皺紗飩と比較して「大飩」と呼ばれる。なお、現在では、皺沙飩ではなく「小飩」という商品名が一般的になり、皮の厚さと餡の量が、大飩と小飩のちょうど中間くらいの「中飩」も、メニューに加わっている。
以前は、ワンタンの具は、小飩は肉だけを、大飩と中飩はナズナと挽肉を使うのが一般的で、上海人はこれらを「薺菜肉飩」とも呼んでいた。まだガスがなかった頃、中国では、薪をかまどで炊いて料理をしていて、「界菩薩」というかまどの神様が大事に祀られていた。界菩薩は玉皇大帝が人間界に派遣した監察官で、人間の行動を監視し、毎年陰暦12月24日に天上界に戻り、玉皇大帝に報告をした後、元宵節に人間界に戻ってくる。上海では、界菩薩がやって来る元宵節に、各家庭で歓迎の儀式を行い、その際には必ず薺菜肉飩を供える、という習慣があった。ゆえに今でも 上海人は元宵節(陰暦1月15日)には湯圓(ゴマ団子)以外に、薺菜肉飩も食べるようにしている。だが、これは上海の農村の風習で、上海中心部に住んでいるのは地方出身者が多いため、こうした風習が必ずしも守られているとは限らない。
昔の上海には、町のあちこちに軽食を売る屋台が出ており、中でもワンタン売りが一番多かった。屋台のほとんどは薪を燃料にしていたので、上海人はワンタン売りのことを冗談半分に「柴片飩」と呼んでいた(柴片= 薪)。
この当時、街角には水道がなく、屋台で前のお客さんが使ったお碗は、簡単に洗うだけだったので、とても不衛生だった。何とかこれを改善しようと屋台の主人が考えたのが、小さい土鍋を沢山用意して、ワンタンをこの土鍋で茹で、鍋ごとお客さんに提供する方法だ。土鍋を火にかけることで殺菌できるので、お客も安心感が得られるのだ。こうしたワンタンは「砂鍋飩」と名づけられた。
夏至は、一年で昼が一番長く、夜が一番短い一日であり、冬至は昼が一番短く、夜が一番長い日だ。 夏至も冬至も、陰暦上では大事な節句の一つで、特に北方には「冬至餃子夏至麺」という諺もあるほどだ。その言葉通り、冬至には餃子を食べ、夏至には麺を食べよう、という意味だ。冬至はかつて「交至」と書いていて、「餃子」の発音とよく似ており、面は細長いから「一日の長さを競い合う」という意味がこめられている。一方、江南地方では「冬至飩夏至麺」が一般的だ。古人は世界が出来たばかりの頃、地球全体はぼんやりと混沌した状態だったと考えており、冬至は暗い夜が一年で一番ながい日、つまり「混沌」の状態とされた。「混沌」と「飩」は同じ音なので、この日には必ずワンタンを食べることで「混沌」が消える、という迷信があるのだ。またこれは毎日天気に恵まれ、安定した生活が送れるように、という祈りの儀式でもある。
しかし現在は、ワンタンや麺類は日常食になり、行事云々に関らず、食べられるようになった。「冬至飩夏至麺」は古人の諺になり、 現代の生活とは、殆ど関りがなくなってしまった。
ワンタン売り雲集 老上海街のワンタン売り
 
作者紹介
   
  薛理勇  Xue Li yong
1982年より上海市歴史博物館に所属し、上海史を研究。主な著書に「上海路名地名拾趣」
「閑話上海」「上海老城廂史話」「上海掌故辞典」等。