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『点石斎画報』
  『点石斎画報』は中国初の時事ニュースをメインにした、石版印刷の総合的な画報で、1884年5月8日に創刊された季刊誌だ。1898年末に停刊するまでに掲載した絵画は6000点に及び、まだ写真を印刷できなかったこの時期に、同誌は絵と文章で19世紀後期の中国社会と中国人の思想を記録し、近代中国の研究をするにあたって非常に貴重な資料として、各界から珍重されている雑誌である。今月は、同誌が掲載した、世界の情報について紹介する。  
 
摩天楼
 
 


エレベーターの発明で、人々は高いところに上る辛さと苦労から解放され、鉄筋とコンクリートの活用で、高い建造物が建立可能になった。1885年、あるアメ リカ人設計士が伝統的な構造概念を打ち破り、 10階建のシカゴ国内保険公司ビルを建立。この、当時世界一高いビルはスカイスクレイパー・ビルディングと呼ばれた。 この単語はsky とscraper を合わせたもので、後に「摩天楼」と訳されるようになる。
19世紀後期は、アメリカ各都市の発展スピードが加速した時期 で、人口の急激な増加が地価の高騰を促進させ、摩天楼の計画的な建設が進められた。『点石斎画報』 の「第一高楼」という記事が、次のように紹介している。
土地の値上がりが甚だしい米国で、なんと28階建ての高層ビルが建立された。このビルは高さ約117メートルあり、鉄筋が使われ、上り下りに便利なように12機の「起落機器」が設置されている。これは「一息で到着し、労力を必要としない」。
文中の「起落機器」はエレベーターのことだ。だが画家が描いた「起落機器」は現在のエレベーターとは似ても似つかないもので、恐らく記事を読み、想像力を働かせ、28階建てのビルの外側に「起落機器」を描いたのであろう。エレベーターが普及した今日この絵を見れば、奇妙に感じるが、『点石斎画報』 が中国人の思考や想像力を一変させた功績は計り知れないものがある。

観光列車

万国博覧会は大規模な国際的なイベントで、主催国は国を挙げて成功に努める。
1900年の万国博覧会はパリで開かれ、フランスは巨額を費やして世界一高い記念塔、エッフェル塔を建立した。現在でもエッフェル塔はパリの象徴的建造物であり、フランス人の誇りである。
1900年の万博開催権を取得した時、フランス人は世界中から来る人々をどう歓迎しようかと、あらゆる策を練った。『点石斎画報』も万博の様子を読者に紹介している。一部を紹介する。
「1900年にフランス、パリで開かれた万国博覧会において、フランス人は各国から来る観覧者を驚かせようと、独創的な観覧台を会場の入口に設けた。観覧台には梯子で上り、51732人もの人が一度に景色を楽しむことができる。観覧台は時速8キロメートルのスピードでゆっくりと動き、会場をぐるりと一周する。 料金は一人50セント。この情報は西洋の新聞から得たものだが、恐らく列車を模した遊覧台のようだ。」
万博のためにデザインされた観覧列車は、時速8キロメートルで会場を巡るという、素晴らしい構想だが、実現したかどうかは定かではない、だが『点石斎画報』の画家はこの少ない情報で観光列車を描きあげた。現在、パリでは、遊覧船でセーヌ河を下ったり、二階建て観光バスで市内観光ができるが、はたしてこの観光バスがこの万博観覧列車の影響を受けたのかどうかは、謎である。

 

日本のミス・コンテスト

現在、世界各地で行なわれている各種ミス・コンテストだが、どの国がいち早く始めたのかは明確に記録されていない。
1894年の『点石斎画報』が、日本のミスコンについて、絵つきで紹介している。「アメリカで一昨年に開かれたミス・コンテストはこれまでにない大成功を収め、 その後は開催されないと思っていた。だが、あるマスメディアによると、今年、日本でミス・コンテストを開催するという。日本女性で「眉目秀麗、自分に自信のある人」であれば、誰でも応募できる。 大会に送られた応募者の近影写真から、100人を選抜。この写真を大きく拡大し、番号順に並べて展示する。大会は一般市民に投票用紙を配り、人々は自分の視点で美人の優劣を決め、投票結果のランキングが発表される。
残念ながら『点石斎画報』はこの「日本ミス・コンテスト」の続報を掲載しなかったため、誰が優勝したのか、そして日本人はこのイベントをどう評価したのかは分からない。だが『点石斎画報』の影響で、この数年後に上海に『遊戯報』という、上海ミスコンの推 奨、開催専門の小冊子が誕生している。

 
 
写真説明    
(1)『点石斎画報』に掲載された摩天楼の絵と記事
(2)『点石斎画報』に掲載された観光列車の絵と記事
(3)『点石斎画報』に掲載された日本人のミス・コンテストの絵と記事
作者紹介
   
  薛理勇  Xue Li yong
1982年より上海市歴史博物館に所属し、上海史を研究。主な著書に「上海路名地名拾趣」
「閑話上海」「上海老城廂史話」「上海掌故辞典」等。