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蘇州河にかかる橋
蘇州河に初めて架けられた外白渡橋。その後、乍浦路橋、四川路橋、河南路橋、老閘橋(福建路橋)、 橋(浙江路橋)、西蔵路橋、烏鎮路橋、新閘橋、長寿橋、昌化路橋、江寧路橋(竣工順)など一本、また一本と次々に蘇州河に橋が増えていった。いくつかの橋の命名にはちょっとしたエピソードがある。今月はこのエピソードを紹介する。
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四川路橋…郵政局橋 |
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四川路橋には「郵政路橋」という俗称がある。これは橋の北に郵政大厦があったことに由来する。
近代以降、上海は中国の郵政の中心地となり、郵政局本局は上海に置かれた。1922年、現代的な郵政本局ビルの新築が決定し、四川路橋の北が候補地になった。蘇州河沿いで、上海駅にも近かい場所に建てられたため、郵便物は蘇州河を通り、黄浦江から各地へと運ばれる一方、陸路でも各地へ集散可能だった。郵政ビルは英国商社の思九生洋行(Stewardson Spencer&Watson)が設計を請負い、1922年12月に着工し、1924年11月に竣工。クラシシズム風で、高さが51・16メートルあり、当時の虹口で最も高い建造物だった。蘇州河と四川北路に面した2面を正面にデザインされており、正面玄関はこの2面の一角を切り取った形。三層のコリント式の柱が支える建造物からは勇壮さが漂う。
正面玄関の上にある塔の両側には、3人組の石像が2組ある。1組は機関車、鉄錨、通信用電線をそれぞれ手に持った群像で、鉄道・水上運輸・電信を表現。中国の郵政はこの3つの現代的郵政事業に向かって万進していることを象徴している。もう1組は古代ローマ神話に登場する商業の神様、メルクリウスと男女一対の愛の神様。財産と商人の守り神と言われるメルクリウスの彫像は、郵政局が商業的なサービスも行うことを、そして愛の神様の彫像で、郵政は愛を司り、人々の意思疎通を助ける役目を果たすことを象徴している。記載によると、この2組の彫像だけで白銀7500両も費やしているのだが、残念ながら文化大革命期間中に破壊されてしまった。現在、塔の上に設けられた彫像は、1990年代に再建されたものである。
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河南路橋…天后宮橋 |
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河南路橋の俗称は、「天后宮橋」または「天妃宮橋」。橋の北側にある、天后宮という廟がその名の由来である。
天后、天妃とも言い、福建や台湾などで「媽租」と崇められる、伝説の航海の女神様だ。
上海に天后廟ができたのは元代。福建の海運商人が建てた。歴年の戦争で上海の天后宮は再建と破壊を繰り返し、1853年の小刀会の戦火によって破壊されてからしばらくは再建されなかった。近代に入り、中国政府の官吏海外派遣が増加。海外留学する官吏たちはみな上海から船に乗って国外へと渡るため、上海でも天后宮を祀り、航海の安全を祈りたいと願った。1884年、新しい天后宮が河南路橋の北端に完成。非常に位の高い天后宮が建てられた。1911年、清の皇帝が退位と共に、天后宮も閉められ、その後は政府の批准を経て上海総商会総部機関の所在地になった。1980年、天后宮の本殿である楠木殿は現在建設中の松江方塔公園内に移転した。 |
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浙江路橋… 橋
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近代以降、上海の規模は大きく拡大。当然人口も急増した。
1840年の上海の都市人口は20万に満たなかったが、1900年以降には300万を越していた。人口が増えるとゴミも増える。租界当局は黄浦江に沿って、蘇州河に専用のゴミ堆積場と埠頭を建設し、都市ゴミが堆積場にたまると、専用埠頭から船に積み、農村までゴミを運搬していた。
現在の浙江路橋の南端西側はゴミ堆積場が、そのすぐ傍にはゴミ専用埠頭があり、毎日100を越えるゴミ収集車がここを出入りしている。また、ゴミ運搬船もここから郊外に往復していることから、浙江路橋は 橋と呼ばれるようになった。
 橋はもともと木橋だったが、1906年に路面電車が開通し、何本もの電車が蘇州河を越える必要が出たため、鉄橋に架けなおされた。19世紀末頃の浙江路橋一帯は上海の繁華街の一つであり、ゴミ堆積場と埠頭はすでに他の場所に移されていたものの、上海市民は依然としてこの橋を 橋と呼んだ。
1930年代に入り、工部局は 橋の西に鉄筋コンクリートの橋を敷設。今日の西蔵路橋である。この橋は「新 橋」の俗称が与えられ、それまでの 橋は「老 橋」になった。だが、現在でも依然として浙江路橋が「 橋」と呼ばれ、西蔵路橋はそのまま「西蔵路橋」と呼ばれることが多い。
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写真説明 |
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1. 「郵政路橋」といわれる四川路橋。
2. 蘇州河に架けられた乍浦路橋、四川路橋、河南路橋など。
3. 「自來水橋」と言われる江西路橋(取り壊された)。 |
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作者紹介 |
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薛理勇 Xue Liyong
1982年に上海市歴史博物館に入り、上海史を研究。主な著書に「上海路名地名拾趣」「閑話上海」「上海老城廂史話」「上海掌故辞典」等。 |
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