上海ウェネバーオンライン
中国(上海・北京)生活情報満載!!
Contents / Gourmet / Shokushin
■ 豪華にも質素にも楽しめるレストラン 翁家魚翅 文/江礼暘  
翁家魚翅は早い時期に上海にやってきた広東料理店で、それほど宣伝をしていませんが、食材と技術の素晴らしさでグルメたちに愛されています。激烈なレストラン競争の中で生き抜いてきた理由は、良質の材料と納得の価格にあるのでしょう。
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■ アリスのワンダーランドへ 西郊5号 文/江礼暘  
かつて流行を追い求めた富豪の代名詞として「番菜(西洋料理を表す古い中国語)」という言葉があります。それが、今も上海のハイレベルなエリアとして名高い虹古路で再現されました。静けさの漂う虹古路、天を仰ぐような大木の背後に西郊5号が姿を現します。そこはまるで不思議なグルメのワンダーランド、好奇心いっぱいのアリスたちがやってくるのを待っています。
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■ 豊富な素材を楽しむ 君悦軒 文/江礼暘  
明末清初の学者、屈大均が書いた『広東新語』には「天下のすべての食材のほとんどが広東にある。広東のすべての食材は、他の場所に必ずしもあるとは限らない」とあります。広東料理の素材の幅広さが、この言葉で語り尽くされています。上は空飛ぶ鳥、走る獣から、下は水の中の生き物まで、広東料理で使わない食材はありません。
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■ グルメたちのユートピア 致真一品 文/江礼暘  
「致」は「極致」という言葉もあるように、至高の域や最高レベルを表す言葉です。「真」にも精(優れている)、淳(飾り気がない)、実(真実の、充実した)などといった、多くの美しい意味があります。上海語では、まじめに事を行う人のことを「致真」と称します。つまり「致真」とは最高の優れた王道ブランドを象徴する言葉なのです。今回はその「致真」で「一品」試してみましょう。
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■ 華やかなりし邸宅の華麗な転身 福一零八八 文/江礼暘  
上海には租界時代のさまざまなものが入り交じった雰囲気が残されています。時代が過ぎ、租界時代の建築も歴史の重みを深めています。今回ご紹介するレストランは、元々はお金持ちの邸宅でした。リニューアルされ、レストランとなったこの邸宅からは、アットホームな快適さが感じられます。
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■ マレーシアを感じよう KAMPUNG KITCHEN 甘榜小厨 文/江礼暘  
マレーシアの人口は6割がマレー人、3割が中国人、あとは1割に満たないくらいのインド人、それからポルトガル人とオランダ人によって構成されています。ここの食文化はシンガポール、タイ、ミャンマー、インドネシア、ブルネイなどの影響を受けており、多彩で複雑です。今月はこのマレー料理をご紹介します。
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■ 秋には蟹を食べよう 頤豊花園 文/江礼暘  
漢詩に「不是陽澄湖蟹好、此生何必住蘇州」というものがあります。もしどこでも簡単に陽澄湖の蟹が食べられるのならば、わざわざ蘇州に住む必要はない、という意味です。それぞれの地方にそれぞれ特色のある蟹がいますが、上海は地の利がいいので、陽澄湖の蟹だけでなく、太湖の蟹、河の蟹、海の蟹、どれもを味わうことができます。
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■ 鉄板から漂う芳香 新濱鉄板焼 文/江礼暘  
中国と日本は地理上では「一衣帯水( 海や川によって隔てられているが、距離が近いこと)」ですが、文化の上では「一脈相承( 同じ流れを受け継ぐ)」です。むろん食文化もまた、一脈相承です。中国の成語に「人口に膾炙(かいしゃ)する」という 言葉がありますが、この言葉には今日、日本料理の定番となっているふたつのグルメが含まれています。それが刺身(膾) と焼肉(炙) です。
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■ 伝統的な花園の中にある老舗日本料理店 花楽 文/江礼暘  
天婦羅は16世紀ポルトガルの伝道士が、長崎で教徒たちに伝えたものと言われています。学び上手な日本人は、それを世界トップレベルの美味しい日本料理にしました。
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■ おふくろの味をもう一度 名家小厨呉中路 文/江礼暘  
国や地方に関わらず、母親のつくる料理は故郷を離れた人の心、そして胃を惹きつけてやまないものです。大根にタマゴに豆腐、こんな日常的にいつも見ているような材料を使って作り上げた料理の色、味、香り、その味はいつまでも舌に残ります。故郷の味である窩頭( トウモロコシ粉、大豆の粉を混ぜて円錐形にして蒸したもの) などの小吃には、確かに他にはない味わいがあります。
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■ 宮保鶏丁の本当の故郷 黔香閣虹橋店 文/江礼暘  
鶏肉が唐揚げくらいの大きさ、ピーナツは入っておらず、味付けには絶対に油辣椒を使います。この料理は当時四川総督であった丁宝のお気に入りでした。
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■ 「新鮮」を食べよう 明港海鮮大酒店 文/江礼暘  
「麦苗青青菜花児黄(青々とした麦と黄色い菜の花)」の季節、私は画家の陳鶴良兄弟とともに彼らの故郷浙江省の寧海を訪問し、寧海のグルメを味わいました。
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■ 休日を農村で過ごそう 金山農村新天地 文/江礼暘  
中国では農村へ無農薬の田舎料理を食べに行くことがここ数年流行しています。しかし、ちょっと気になるのは料理が衛生的かどうか、清潔な環境であるかどうかです。「農家菜(田舎料理)」を看板に掲げる店は増えていますが、その分質の悪い店も増えており新鮮味も薄れはじめています。今回金山農村新天地に行くことを決めた時にも私は不安を拭いきれませんでした。しかしその店の姿を目にした時、全ての憂慮は一瞬にして消え去ってしまいました。
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■ 中国の市井に伝わる味「伝菜」鮮墻房 文/江礼暘  
永安百貨の前を通りがかった時に、小さな扉を見つけました。扉の上には「永安大飯店鮮墻房」という8文字が見えます。墻(壁)と房(部屋)が新鮮(新しい)なのか、それとも壁と部屋の中に鮮(おいしい)な食べ物があるのか…私は耐えきれず入って訊ねてみることにしました。するとこの名前は料理の味があまりにおいしく(鮮)て、そのおいしさが壁の中まで染み通るほどなのだ、という意味だというではないですか。私は好奇心を抑えきれず、このお店で食事して徹底的に探ってみることにしました。
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■ 火鍋ならやっぱり勇ましい羊肉 京味麺大王文/江礼暘  
中国の食文化から水と火は離して考えることはできません。水は生命の源であり、火は料理の源であるからです。『呂氏春秋・本味編』にはこうあります。「凡味之本、水最為始。五味三材、九沸九変、火為之紀。(味の基本の第一は水である。料理は五味と三材で行われる。鍋中で9度沸騰すれば9種類の変化が見られるがこれは火で調節することができる)」。水と火は調理過程の重要な作用であり至高の位置にあります。同じような食材も水と火と結びつけば天衣無縫の広がりを見せる、これが火鍋です。
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■ 愛晩亭で4つの味を楽しもう 愛晩亭 文/江礼暘  
湖南省の岳麓山にある名勝「愛晩亭」は中国4 大名亭のひとつです。清の乾隆17 年(1792 年) に創建された当時は「愛葉亭」またの名を「愛楓亭」と呼ばれていました。のちに唐代の詩人杜牧の詩「遠上寒山石径斜、白雲深処有人家。停車座愛楓林晩、霜葉紅于二月花。(冬枯れの山に登れば石畳の道が斜めに続いている、雲が生まれるような奥地に人家がある。車を止めて楓林の夕暮れを楽しむ、霜の落ちた葉は二月の花より紅い)」の境地を汲んで「愛晩亭」と改名されました。
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■ 上海で1軒だけの拉料理レストラン 拉酒家 文/江礼暘  
族の美女李娜娜からショートメールが届きました。「私の店が10 日前にオープンしました。食べにきてくださいね」。このたった数文字を目にしただけで私はもう焼魚の香りが漂ってくるように感じました。拉族は雲南省の瀾滄江流域に住む少数民族です。中国には40 万人以上住んでいますが上海に住んでいるのはわずか2 人、レストランを開いた娜娜と浦東に住む女性画家だけです。
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■ 北京ダックならこのお店 燕雲楼 文/江礼暘  
燕山( 北京北部の山脈) と雲州( 大同付近) という土地の名前を1 文字ずつとって店名にした「燕雲楼」、1936 年にオープンした北京料理店です。もとは南華燕雲楼という店名でした。北方の料理を南方に根付かせようという意図から、味は北京料理とはいっても南方の人々に合わせたものとなっています。この燕雲楼は上海で初めてオープンした北京ダック店で、オープンするやいなや、梅蘭芳、振飛などといった各界の著名人たちがお得意様となり、たいへん繁盛しました。
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■ 上海蟹以外の蟹もおいしい季節です 金象苑泰国レストラン
今年もまた「九雌十雄(9月は雌蟹、10月は雄蟹)」の季節がやって来ました。『紅楼夢』の名句「蟹封嫩玉双双満,殻凸紅脂香( 蟹は柔らかな玉を封じて丸まると太り、殻は赤い脂で膨らみ香りたつ)」という言葉が頭の中を回ります。しかし淡水の上海蟹の他にも海の蟹たちのおいしさがあることも忘れてはいけません。とりわけ中国と陸続きのシンガポール、マレーシア、タイ、ベトナム、ラオス、カンボジアなど東南アジアの国々には蟹料理が充実しています。
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■ オールドハウスでノスタルジックなディナーを 福一零三九
今から6、70年前、パリから上海に赴任してきたフランス銀行総裁フォン・モリーは定居がない奥さんと娘さんのことを慮って、フランス式の小さな洋館を2人にプレゼントしました。ところが太平洋戦争が勃発して一家3人は日本軍の集中営に送られ、娘さんはそこで栄養不足のために亡くなってしまいました。戦後、老夫妻はこの家を再度手に入れたのですが、結局教会の幼稚園に寄付して帰国してしまったので。この邸宅は1902年に建設され、100年以上の歴史があります。この長い歴史を持つオールドハウスを修復して昔の姿を再現、「福一零三九」 として生まれ変わったのです。
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■ 宗教から健康のための食事へ 松月楼素菜館
素菜(菜食)は中国八大料理の外にある大きな流派で、野菜、豆製品、キノコ、 麩で作る、肉や油っこさのない淡白な料理です。多くの人は中国の素食(菜食) は仏教で伝えられていると思われるでしょうが、実は伝統的な中国料理なのです。 仏教が中国に伝わるより前、周から春秋戦国時代のころ、素食は人々の食生活の なかで重要な位置を占めており、儒家の中庸調和、道家の清浄淡白の思想を取り 入れたものとされていました。
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■ 記憶の中の味、遠くて近いイタリア Gino Cafe
明末、宣教師が中国に西洋料理をもたらしましたが、当時はそれほど広がることはありませんでした。アヘン戦争後の清朝光緒年間(1875年〜1908年)になってやっと中国人自らが経営する西洋料理レストラン、コーヒーショップ、パン屋等が出現し始めました。これによりやっと中国は本当の西洋料理レストランを持つことになったのです。史料によると初めての西洋料理レストランは清末に上海の福州路にオープンした「一品香」だそうです。
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■ いつまでも昔のおいしさを失わない老舗 老半斎
1929年出版の「老上海」選集には「上海の揚州料理レストランの中で、おすすめなのが老半斎。肴肉、干絲の味はまさにおいしいの一言に尽きる」と書かれています。淮揚料理は中国八大料理のひとつ、揚州料理、鎮江料理、淮安料理からなりますが、その代表格は揚州料理です。淮揚料理の特色は材料が厳選されていること、季節の味があること、五味(酸っぱい、辛い、苦い、甘い、塩辛い)が調和していることの3つです。
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■ 老舗でいただく新しい味 上海老飯店
上海老飯店
「上海老飯店」は清の光緒元年(1875年)に創建したレストランでもともとの名を「栄順館」といいました。立地は「海上明園」と呼ばれる豫園商城観光エリア、上海料理の発祥地でもあり、厳選した材料を用いた繊細な料理で正しい上海料理の味と称されています。陳良宇市長が万博を前に「上海料理」を発展させようと提唱している今年、老飯店は静かに131年目を迎えていました。
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■ 辛い物が食えなきゃ男じゃない!重慶風四川料理
四川料理の第一印象と言えばやっぱり「辛い」!しかしちょっと詳しい人なら四川料理には「七滋(甘い、酸っぱい、痺れる辛さ、刺激的な辛さ、苦い、美味しい、塩っぱい)」と「八味(塩辛い、酸っぱ辛い、胡椒辛い、甘さと塩辛さと酸っぱさのミックス、痺れる辛さ、ラー油、生姜汁、家庭風)という特徴があることを知っています。「1皿ごとにひとつの風格、100種類に100の味」なのです。
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■ 中国八大料理のトップ 魯菜(山東料理)
多くの上海人は山東料理と言えば街角で食べる大餅( こねた小麦粉を薄く焼いたもの) で葱を巻いたものと思っています。でもそれはもの知らずというもので、本当は山東料理と言えば八大料理のトップを飾るものなのです。
本物の山東料理は包丁さばきが細かいだけでなく独特な調理法を持っています。明、清二王朝の皇帝のコックはみな山東人です。その地位は高く、重要なものでした。
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■ 自然のおいしさいっぱい 豪快な東北料理
中国の八大料理に東北料理は名を連ねていません。しかし東北料理は熱烈で豪快な東北人と同じように南方の都市で心から愛されています。特に温かくなり始めたけどまだ寒いような季節にはほかほかと湯気の立ちのぼる猪肉粉条、小鶏魔ェ身体の外からも中からも温めてくれます。俗に「冬に栄養を取れば、春には虎をも打ち倒せる」と言います。東北グルメで元気になりましょう!
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■ 一年中で一番おいしい食事 年夜飯
旧正月に「年」という名の怪物が山を下りてきて人を食べてしまう、という伝説があります。なので家々では門に桃符(門神の像を書いた桃の木の板を門の両側に掛けたもの。後に春聯、対聯となる)を張って怪物を鎮圧し、爆竹で追い払いました。家々では老若男女が集まってご飯を食べます。夜が開ける頃にみんなはやっと安心して餃子を茹でて新年の平安と吉祥を祝うのです。
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9月
■ 悠久の揚州料理
中国の四大料理である北京料理 、広東料理 、四川料理 、揚州料理はそれぞれ宮廷料理、商業料理、家庭料理、文人料理を代表するものです 。上海開港以来たくさんの揚州人が技をもって上海にやって来ました 。揚州人と言えば有名なのが「3振りの刀 ―― 菜切り包丁、カミソリ、脚刀(足の爪や硬い部分を削る刀)」ですが、その中でも菜切り包丁の歴史は長いものです。
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11月
■ ナイフとフォークでお食事 洋食の普及 
今の上海では気軽に各国の料理を口にすることができます。洋食が上海に伝わったのは1843年の上海開港以後だと一般的に思われていますが、実はそれより前、上海史上の有名人「徐家匯のおじいさん」こと徐光啓が洋食を上海に浸透させていたのです。
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9月
■ 流行の寵児 ザリガニ
私がまだ十数才の子供の頃には市場でいつでもザリガニの姿を見ることができました。ザリガニは1匹2、3分ととても安いのですが、レストランでメニューになっていることはありませんでした。最近ではこのザリガニが中国各地で人気を集めています。江の南北、男女、年齢に関わらず、この見た目はあまりよくないザリガニに夢中です。
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8月
■ 新寧波料理 新しい健康メニューの提案
寧波料理はまたの名を「甬幇菜」ともいい、海鮮料理に長じた、食材の新鮮さと塩辛さが特徴で、主に蒸す、焼く、煮るなどの技法を用いて軟らかい口当たりの濃い色をした料理を作り出します。寧波料理の中でも有名な「臭冬瓜、臭豆腐、臭ヒユ」は好きな人と嫌いな人がはっきりわかれる料理です。
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7月
■ 広東式飲茶 広東の朝は「一杯二品」
飲茶は広東人の生活に欠かせない一部です。一杯二品(一壷の熱いお茶と二種類の点心)と新聞、これが広東のお年寄りの朝の日課です。週末になると、老いも若きも一家総出で茶楼に行き、飲茶を楽しみます。上海人の朝食である油条と違って、広東人の朝の飲茶は一種の社交手段でもあるのです。
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6月
■ 上海の旬 季節の素材を食べて健康に
『周礼』天官・食医には「和(古代の調味料の総称)は、春には酸っぱいものを多く、夏には苦いものを多く、秋には辛いものを多く、冬にはしょっぱいものを多くする」とあります。季節、天気、年齢、身体の状況に合わせて自分に合った食品を選ぶことは、古代人の最も簡単で有効な養生の道であったのです。
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5月
■ 海から河から大豊漁 上海の海鮮料理
上海の略称は「滬」ですが、この言葉は「滬」という言葉から発したものです。2つの文字の意味はどちらも「漁」と関係があるものです。家畜を飼うようになる前、上海の人々は農業と漁業で食料を調達していました。それ以来、今でも上海人は川や海の幸を特に好んでいます。
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4月
■ 悠久の歴史を感じる素朴な味 紹興料理
紹興料理と杭州料理は中国八大料理の1つである浙江料理の重要な構成要素です。古い文化や神話等から紹興は浙江料理のゆりかごであり発祥地であると推測することができます。しかし、紹興の経済は豪商の後押しを受けることなく、紹興料理は杭州料理ほど有名になりませんでした。
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3月
■ 酉年記念に食べたい贅沢な鶏料理 百鶏宴
世界中どこでも鶏料理は人々に愛されている美食。おいしい物好きの上海人も、もちろん鶏料理が大好きです。どこでも食べられる白斬鶏、鶏鴨血湯、鶏粥は安くておいしく、外国からやって来た鶏料理、ケンタッキーフライドチキンもハンバーガーを打ち負かし、今では年齢を問わず愛されています。
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2月
■ 小さな点心のでっかいおいしさ小吃・点心
中国料理の中で小吃は「正式な料理以外の量の少ない食べ物」と規定されており、「大吃(宴席)」に対してちょっとした食事を指す言葉とも解釈されています。小吃は一般的にスープがあるものを指し、点心は主に餅や、饅頭、団子など、調理方法は蒸す、揚げる、焼くなど豊富ですが一般的にスープのないものを指します。
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1月
■ 冬こそ栄養をつけよう フカヒレ、アワビ、ツバメの巣
上海人は値段の高い安いに関係なくおいしいものならなんでも大好きです。おいしければ青菜粉絲であっても充分満足できます。しかし高級な「参(ナマコ)、翅(フカヒレ)、鮑、肚(浮き袋)、燕(ツバメの巣)」略して「翅、鮑、燕」の料理は単においしいだけでなく、大事なお客様をもてなす誠意を表現する高級料理なのです。
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2004年12月
 中国グルメの代表格  北京ダック 
鴨は字を分けると「甲・鳥」となり、「一番の鳥」という意味になります。鴨(北京ダック)の生まれ故郷北京では、「鴨はニワトリよりも高級で栄養がある」とかたくなに信じられており、この点においてはニワトリ好きな上海人と完全に食い違っています。しかし鴨は南方でも十分活躍している食材で、南京の水鴨、広東の老鴨、明炉鴨といったおいしい料理があります。しかしそれらもやはり北京ダックほど有名ではありません。 2
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2004年11月
 グルメ垂涎の食王国  潮州料理 
潮州は古くは福建に属し、現在では広東に属しており、そのため潮州の食文化は福建、広東両方の特色を兼ね備えています。また歴代王朝の官吏や庶民たちが各地の味を潮州に持ち込み、それらが衝突し合って独特な味を生み出しました。宋のラストエンペラー趙丙がここに逃れて来た時には、和尚が山芋の葉を使って失意の皇帝に料理を作りました。これが今に伝わる料理「太極護国菜」です。 2
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2004年10月
 やってきました!  天高く蟹肥える秋
宋代の傅肱は「蟹譜」でこう書いています。「蟹之爲物,雖非登俎之貴,然見于經,引于傳,著于子史,志于隠逸,歌咏于詩人,雜出于小説,皆有意謂焉」。これは「蟹というものはもともと高級な食材ではなかったが、史書や伝奇、詩歌や小説の中では頻繁にこの字を見かけもするし、古代の文人の眼中に蟹は隠棲の高い志を持ったものに映っていた」という意味です。 2
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2004年9月
 国際都市の面目躍如  上海料理をじっくり味わう
上海料理と言うと、すぐに思い出されるのが「油っこくて醤油赤い」ということ。東アジアの重鎮に位置する上海は「東方のパリ」の誉れを受けているだけでなく、「中国のゲストルーム」とも呼ばれている。街と同じように「混血」という特色がある上海料理、試してみる価値はあります。 2
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2004年8月
 上海の夏は、火鍋でゴー!
中国の食文化は水、火と深い縁があります。「呂氏春秋・本味篇」には「全ての味の基本は水で始まる。五味三材(注1)は火を規律とした九つの調理法によって九つの変化を生じる。」とあります。一層の薄い金属を隔てて、水と火という全く違うものが無邪気に結合し、飯炊き道具、食器となる。これが火鍋なのです。 ある人は火鍋を「冬の火」と称し、またある人は冗談で「貧乏人クラブ」と称しました。ともあれ上海四万三千軒以上のレストランの中で、火鍋が占める割合が四分の一にのぼるということは無視できません。真夏であろうと火鍋店は繁盛し、チェーン店が一軒一軒と開店して行きます。上海人はなぜこんなにも火鍋が好きなのでしょうか?あなたも一緒にちょっと夏の火鍋を試してみませんか?きっとこの背に汗する感覚が好きになることでしょう。
四川火鍋はかつて火鍋のなかの「新鋭部隊」として、香辣蟹、小龍蝦(ザリガニ)とともに、その刺激的な味で上海のレストラン界を席巻しました。
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2004年7月
 早く始めれば、早く健康に精進料理豆知識
現代の中国では肉を使わない料理を「素食」といいますが、古代では「精進」と呼ばれていました。精進とは仏教の「六度」の一つのことです。他の五度は「布施、持戒、忍辱、静慮(禅定)、智慧(般若)」です。「度」とは梵語で言うParamita(波羅蜜多)の意訳で「渡す」という意味です。六度は此岸(この世)から彼岸(寂滅、涅槃:悟りの世界)に渡るために行わなければならない行動を示しています。
人の歯は三二本で、その中の四本の犬歯だけが肉を噛み切るためのものです。これは「人之初(注1 )」には野菜を主要に摂取し、料理をとっていた事の証拠です。仏教がまだ中国に伝わっていなかった秦の前に、精進料理はすでに食生活の中で重要な位置を占めていました。孔子には一三の「不食」があり、さらに「野菜をたくさん食べるべき」、「粗末な飯や野菜も、祭の時には敬虔な態度でいただいた」という諭し文句があります。
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2004年6月
 のんびりビールで人生の安らぎを
古い歴史書の中に猿が造る酒の伝説が記されています。もちろんこれは自然に発酵した果実酒のことですが、考証によると中国の醸造酒の歴史は文字の発明よりも早く、およそ八〇〇〇年もの昔に遡るといわれています。長くゆっくりとした時の中で、中国の酒は五つに大別される一一〇数種へと発展していきました。この五つとは白酒、黄酒、果酒、調整酒、もっともよく見かけ、よく飲まれているビールです。ある雨の夜、友達と外食へ向かう道すがら、大雨の中に外灘の 酒総匯を見かけました。友達と別のレストランに行く約束があったのですが、心は香り高いビールでいっぱいになってしまい、行き場所を酒総匯に変更してしまいました。
外灘 酒総匯は一九九四年にオープンし、すでに一〇年営業しているビアホールです。上海で初めての自家醸造ビール店として、彼らは五〇万ドルを払ってドイツから設備と技術を輸入しました。そうして造られたビールの高い品質はロシア、ヨーロッパの領事たちの賞賛を得ました。
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2004年5月
 上海の結婚式料理
喜酒は中国の結婚式の儀式のひとつ、みんなで宴会することです。上海語には「跟着阿媽吃喜酒」(お母さんと一緒に喜酒にいく)という俗語があります。それは子供がお母さんに連れられて喜酒に行くと、美味しい物が食べれるということを表しており。この言葉は一家総出で行い、にぎやかに食べたり飲んだり暗くなるまで続ける喜酒を表現しています。しかし喜酒はそんな簡単なことではありません。喜酒の豪華さと経済感覚新しい夫婦を観察する絶好の機会でもあります。漢字を作り出した中国人は、文字遊びもよく知っています。「小さい土と書いて (塵)」「不正と書いて歪」「一つは大きく一つは小さい、つまり尖」などなど。では「婚」という字は、「女」性をのぼせさせる(昏)ことか?それとも黄昏に結婚式を行うから「婚」なのでしょうか?よくわかりません。しかし結婚は書類で交わす契約以外の喜酒が最も重要な部分です。中国人にとっては喜酒をする日が本当の結婚記念日です。
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