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Business Woman Interview No.72
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甲斐松芽さん |
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Beijing Hair Culture クリエイティブスタイリスト
私の残した挑戦の足跡がまだ見ぬ人との出会いを生むのを、楽しみにしています。
移住した日本人の両親の間に、ノースバンクーバーで生まれたカナダ出身の甲斐松芽さん。マツメと呼ばれ、欧米人の中ではちょっと知られたヘアスタイリストだ。サロンの中で外で、人的ネットワークをぐんぐん広げ、自分の幅を広げて新たな世界に挑戦し続ける彼女。驚異的な人脈をどのように構築したのか、その背景を中心に話をうかがった。
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| ―どんな環境で育ちましたか? |
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日本人らしさを身につけて欲しいという教育方針で、家の中では日本語を話して日本人らしく生活し、地元の学校の授業が終わった後も日本語学校に通っていました。父は日本でテレビ局から仕事もらって世界中に撮影に出かけていました。最初はいろいろ撮っていたのに次第に動物に魅せられ、今では狼が彼の全てです(笑)。高校の頃は父の影響なのか獣医になりたかったのですが、お小遣いのない家庭だったので、17歳から人の紹介でヘアスタイリストのアルバイトを初めたんです。父には「獣医になって動物を救ってほしいのに」と嘆かれましたが、10代ですからファッショナブルな仕事に夢中になりましたね。
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| ―中国にいらしたきっかけは? |
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バンクーバーのサロン仲間が上海で美容師を始めた3ヵ月後、電話で「上海のナイトライフはすごいから早くおいで!」と誘われました。当時20歳の私は冒険心と夜遊びの魅力に勝てず、スタイリストとして2年半働いたのち2000年に上海にやってきました。当時夜遊びといえば、友達の家でビールを飲んでアイスホッケーの試合を見るぐらいだったのに、上海のナイトライフで出会う世界中の個性的な人たちが刺激的で、毎晩遊んでいました。その頃は欧米人ばかりとつきあい、中国のことを全く理解できずホームシックにかかり、1年でサロンを辞めてカナダに戻りました。でもカナダに戻ったら退屈で、上海が恋しくて恋しくて。その後運よく、香港のサロンから新しく開く上海の店に来ないかと連絡をもらい、舞い戻ってきました。それが今のサロンです。
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| ―カナダ、上海、日本のヘアサロン事情は。 |
カナダと日本では好まれるヘアスタイルが全く違います。カナダ人はお化粧もあまり好きではないし、ナチュラル至上主義です。カナダではブロー代も高いせいか、スタイリングなしできれいに落ちるカットが大切。日本人は、家でもブローしてワックスして、完璧を目指しますよね。上海はまだ遅れているけど、日本の流行を追いかけつつ同時に香港からの影響を受けている気がします。5年、10年後には上海独自のスタイルが確立されているかも知れませんね。美容系の学校の授業内容やトレーニングは、まだ改善の余地があると思います。私が来たばかりの頃、上海にはたった2人の欧米人スタイリストしかいなかったし、技術も流行もかなり遅れていて、20歳の私がトップスタイリストのようにもてはやされるほどでした。
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―一流ブランドのファッションショーにも参加されたとか。 |
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▲ヒルトンホテル店の仲間たちと
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世界中のエネルギーが集まる上海では、グッチ、アルマーニ、ベルサーチといった、ニューヨークやロンドンでしか見られないようなショーが次々と計画されます。2〜3年前にアルマーニが始めて上海に来たとき、今のサロンをオフィシャルで使うことになり、香港の本店からもスタイリストが来ました。ミスター・アルマーニが目の前で「マツメ、ここはこんな風にして欲しい」とアドバイスしてくれるんですよ。彼はすごい人で、ポケットにはブラシが入っていてヘアもメイクもできる。こんな人と一緒に働けるなんて、カナダではありえない体験ですよ。ほかにはエルメネジルド・ゼニアや、ルイ・ヴィトン、アニエスベーのショーにも参加しました。
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| ―サロン外でも大活躍されていると聞きました。 |
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「そんなに上海に詳しいなら何か書いてみない?」と言われ、スマート上海という欧米人向けのウェブサイトにAsk Matsumeというコラムを持っています。当初は、外食と買い物に関する普通のアドバイスコラムだったものを少し趣向を変えたところ、世界中からあらゆる質問が届くようになりました。鼻にフェティシズムを感じる人からの人生相談だとか(笑)。このコラムを見たアメリカのケーブルテレビやイタリアとドイツのチームともドキュメンタリーを撮ったし、ウェブラジオ版Ask Matsumeも収録したことがあります。先日もスイスのフィルムグループから、上海のナイトライフを撮影したいと話があり、現在調整中です。上海のゲイ・レズビアン事情はどういうものか?などのテーマで撮影したいのは、世界中の人たちが中国のリアルな今を理解したいからなのでしょうね。
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| ―クールハンターについてお話いただけますか。 |
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 ▲明るくからりとした性格と、スピーディーなハサミ裁きのとりこになる人も。
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イタリア人の友人を介して知り合ったミラノ出身のジャーナリストから、オランダ人心理学者のカールCロードが世界で15人のクールハンターを探していて、中国での適任者を選考中だと知りました。マーケティングに関する講演を世界中の大学で行う彼が率いるサインズ・オブ・ザ・タイムは、90年代初期から世界規模のマーケット&トレンドリサーチを行ってきました。4年ごとに大きなリポートをまとめ、ハイネケン、ナイキ、アディダスなどのトップブランドが戦略のためにその調査内容を購入するほど、信頼度の高い情報です。
クールハンターは、各国のトレンド分析情報を送ってくる特派員のような存在です。報告された各国のトレンドはランクを付けてウェブで発表され、私の最初のレポートは6位でしたが2回目は4位、最終ラウンドでは1位を獲得できました。「メトロセクシュアリティ(ゲイではないがエステを受けるなど、時間とお金を惜しまず、外見やライフスタイルに強い美意識を持つ都会に住む男性)」という一大ムーブメントを起こした流行語の作者マーク・シンプソンや、世界4位の米系広告代理店に在籍しトレンドを予測することで名高いマリアン・ザルツマンなど、著名なトレンドハンターたちの中1位を勝ち取り、カールから「一緒に何かやろう!」と直接声がかかったのはうれしかったですね。ウェブに掲載された私のリポートを見た誰かと、次のチャンスが生まれるのを楽しみにしています。
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| ―あらゆるネットワークをお持
ちのようですね。 |
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毎月サロンに来るお客さんとは、髪を切る間の1〜2時間は必ずおしゃべりしますよね。PRの人でも建築家でも、1年継続して話しをすればいろいろ勉強できます。人が人を紹介しあって更に人脈も広がるし、そう努めてきました。その甲斐あって来年から上海のイベント会社で、インターナショナル・メディアコーディネイターとして働くチャンスを得ました。外灘18号のバーの年間イベントなどを担当するこの会社を、世界のメディアに売り出すのが仕事です。上海でスタイリストをプラットフォームとして働き人脈が広がり、いろいろな事ができるようになってつかめたチャンスだと思っています。カナダでその職を得るためには、学校に行って経験もつんで、もう大変( 笑)。努力すればチャンスをくれる上海に感謝したいですね。
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―当分上海住まいですね。
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人間が最も成長できる時期を、上海で過ごせて本当によかったです。バンクーバーは世界で最も住みたい街の第2位になったけれど、成熟しきっていてそれ以上の発展がない。なぜパーフェクトな街を出たいのかと友人に言われますが、刺激的で成長著しい街に住んだら、二度とあそこは戻れませんね。それに、やっと築き上げたこの状況を捨てるのは勿体無いですよ。もっといろいろなドアを開けチャンスを呼べる人脈を広げ、PR、ライター、コンサルティング、マーケティングなどにも挑戦したいんです。まずは、クリエイト魂とネットワークのために小さなサロンを開くつもりです。ワインと椅子2脚を置いたサロンで週3日髪を切り、ほかの日は別の仕事や自分の向上の時間にあてる。当分カナダには帰れませんね。お父さんお母さん、ごめんなさい( 笑)。
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| ■ Beijing Hair Culture |
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