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  Business Woman Interview No.55
 
  株式会社シャルレ 代表取締役社長 
三屋裕子(Yuko Mitsuya) さん

 
ただの下着メーカーではなく、
地域に信頼されるコミュニティづくりを。
それがシャルレの大きなテーマです。



  女子バレーボールブームの火点け役であり、ロス五輪で銅メダルを獲得した元バレーボール日本代表選手の三屋裕子氏。現役引退後にスポーツコメンテーターとして活躍していた彼女の、あの爽やかな笑顔が印象に残っている方も多いのではないだろうか。その三屋氏が株式会社シャルレの社長に就任したのは2004年6月のこと。スポーツ界から上場企業の社長へ、しかも関西老舗の下着メーカーに外部から人材が入るという鮮やかな社長就任劇は、日本全国で大きな話題となった。その社長就任から2年。訪問販売というスタイルを守りつつ、新しいシャルレを構築すべく奮闘中の三屋氏に、視察中の上海で話を聞くことができた。

上海シャルレが1周年を迎えましたが、これまでの業績はいかがですか? 

  だいたい予想通りの推移ですね。中国マーケットはシャルレにとって初めての店舗販売で、商品はすべて日本から輸入しています。現地の高額所得者の方が特に関心を寄せてくださっているようです。弊社の商品は見て買うという商品ではなく、実際に試着して着け心地の良さをわかっていただく商品なので、いかに「フィッティングサービス」という概念を理解していただくかも、上海におけるひとつのチャレンジでした。 おおむね予想どおりに発展しているという印象です。
  シャルレの特徴として、いわゆる商品の「お顔」はあまりよくありませんが、一度着けてみると明らかに他の下着との違いがわかります。女性の場合、30代後半から脂肪が柔らかくなり補整系の下着が着けやすくなるので、私たちが別名「脂肪収納術」と呼んでいるフィッティングを(笑)、ぜひ上海でも皆さんに体験していただきたいですね。

三屋社長とシャルレの最初の出会いについてお伺いします。何度も聞かれていると思いますが、最初に社長就任のお話があった時はどういうご心境でしたか? 

 驚くというより、人間はあまりの驚きに遭遇すると思考が停止するものだなと思いました(笑)。シャルレとの出会いは今から10年ほど前、シャルレが社会貢献事業をやっていた時に審査員や講演会でお話させていただいたことがご縁です。当時から女性を応援しようという意識の強い会社でしたね。
  今年の6月1日からシャルレは持株会社制に移行し、テン・アローズという持株会社の傘下に各事業会社を持つ形となりました。シャルレもテン・アローズの一事業会社で、上海シャルレ「香羅奈(上海)国際貿易有限公司」も同じ位置づけです。上海シャルレも以前はシャルレの傘下でしたが、持株化することで事業会社として独立でき、事業の幅も広がっています。私は現在テン・アローズとシャルレ両方の社長をやらせていただいていますが、持株会社のイメージとしては、コアの事業を中心にバラバラに事業会社があるのではなく、ブドウのようにひとつひとつの事業が房になっている形です。お互いそれぞれの会社のいい部分を引き出していければと思っています。

シャルレが創業以来守っている訪問販売というスタイルについて、三屋社長自身はどのように受け止めていますか?  

 
▲中高年向けイメージの強いシャルレだが若い世代向けの商品も充実している。

  時代の流れで見ると、確かに買物のパターンは変化しています。その昔、商品を手に取って店員さんと会話しながら買物するスタイルから、スーパーやコンビニの時代になり、今ではネットで家にいながらショッピングできるようになりました。訪問販売のシャルレのように、相手とたくさん会話しながら物を買うスタイルはネット販売と対極ですから、とまどう方もいらっしゃるかもしれませんね。
  ただ、時代は巡るもので、ここ最近の日本では「絆」という言葉がひんぱんに使われ始めています。日本人はこれまで個を優先し絆を流行遅れのもののように扱っていたところがありましたが、私が思うに、人は絶対に誰かと集いたい生き物だと思います。ITというツールは持っているけれど、ネット投資家はなぜか虎ノ門で集まっているし、『オタク』と言われている人ですらネットを使って秋葉原で集っている(笑)。集うという意味において、シャルレが守り抜いてきた販売方法には、今の日本人が求めている原点があるのではと思います。それは人の手の温もりであったり、同じ目標を持って集まっている仲間との絆であったり、同じ商品を着けている人たちが集まることの安心感だったり。訪問販売というスタイルならではの良さは、いま見直される時期に来ているのではと感じています。

三屋社長が社長に就任して最初にしたことを教えていただけますか?
   
 
▲上海では南京西路の久光百貨店に店舗がある。他の下着メーカーにはない広いフィッティングルームはシャルレならではのもの。フィッティングサービスは無料なのでぜひ試してみたい。
  強大なカリスマ性を持ったオーナーの後を引き継ぐわけですから、まず実際に商品を売ってくださっている販売組織の皆さんたちに、三屋自身を認知してもらうことから始めました。シャルレは代理店が2300店、特約店が16万人ほどいる巨大な販売網を持つ組織なので、全国のメンバーの皆さんを回るだけで最初の1年が過ぎてしまうほどでしたね。
  もうひとつはスタッフの意識改革です。最初にシャルレという組織を俯瞰で見た時、組織が巨大で、しかも今の日本が失いつつある温かいマインドを持っていることに驚きました。特に私はバレーボールというチームプレイに関わってきた人間なので、シャルレが温かい組織というチームを全国に作っていることに感激したんです。ただ、ずっとシャルレと歩んできた人にとっては、自分たちのやっていることに自信が持てない時期だったようです。 経営陣も含めて悩んでいる時期には、売り方のチャネルを変えようという動きもありましたが、それは違う、この素晴らしい組織による訪問販売というスタイルが他の下着メーカーにはないシャルレの良さだから、それを失ってはいけないと。「人の手による温かいフィッティングサービス」こそが、シャルレが他社と差別化するいちばんのポイントだと説きました。皆さんにどう自信を持ってもらうのか、意識を変えていくには大きなエネルギーが必要でしたね。 

社長に就任されて以来、さまざまな改革を行ってこられたと思いますが、現在の社内の状況はいかがですか?   
 
  訪問販売という足場にしっかり立った施策を打ち出しているので、その目標に向かってスタッフ全員が取り組んでいるところです。具体的には、数ではなく質の高いビジネスができるメンバーの方を育てること。もうひとつ、シャルレは無店舗販売なので商品サンプルをたくさん持たざるを得ない場合がありますが、アイテムを増やすのではなく定番をしっかり作っていく方向にシフトしています。
  あとは、外からシャルレを見て、ただの下着の訪問販売会社ではなく、絆の強いコミュニティとして認知していただけるよう他の企業とのコラボレーションも行っていく方針です。すでに大手企業とのタイアップでいくつかの体験企画なども始まっており、滑り出しも好調です。地域から信頼されるコミュニティづくりは、今後のシャルレにとって大きなテーマになります。

 
三屋社長が先日出版された本、『あなたが打ちやすいボールを送りたい 〜思いやりの心がビジネスを育てる〜』ではシャルレのホスピタリティについて書かれていますね。

  社長になってからの2年間を振り返ったものに加え、シャルレがビジネスとしてホスピタリティをどう捉えているかをまとめたのがこの本です。創業32年になるシャルレの企業理念は「利他主義」で、まずお客さまを豊かにしてさしあげましょうということを基本にしています。この人を美しくしてあげたい、いい下着のつけ方をぜひ知っていただきたい。まず先におもてなしの心があることが大事で、商品だけでなく人とのご縁も含めて、皆さまに喜んでいただくことが、シャルレ流「ホスピタリティの実践」だと思っています。その結果ビジネスにつながり、人肌の温かさを失わず広がっていくことが、私の描くシャルレのブランドイメージですね。

シャルレとしての今後の取り組みを教えてください。 

 これからの日本のキーワードは「地域」です。すでに各地でNPOも含めたかなりの数のコミュニティビジネスが活況になっています。最近日本で話題になっている「2007年問題」は団塊の世代がリタイアして地域に戻ってくるという意味合いもあるので、彼らが地域でどのような行動をしていくのか、その層をシャルレのコミュニティに巻き込んで何か提案できないか、しくみ作りからやろうと考えています。
  もうひとつは地域に根付いた「子育て支援」のネットワークですね。核家族で母子密着型の親子関係にひずみが出ていることは皆さんご存じだと思いますが、シャルレの地域ネットワークを活かして、支援の必要な方が精神的に安らぐようなサポートを行っていきたい。地域の人たちそれぞれの世代の悩みを、シャルレのコミュニティがどう吸収して地域にフィードバックしていくか、それが今後の課題ですね。

■ 三屋裕子(みつやゆうこ)
1958年福井県生まれ。勝山中学、八王子実践高校、筑波大学を通じてバレーボール選手として活躍。79年全日本チームに加入し、81年日立製作所に入社。さわやかな笑顔と高さのあるシャープな攻撃で、同年の東京ワールドカップで人気沸騰し、女子バレーブームに火をつけた。モスクワ五輪はボイコットに涙をのむが、ロサンゼルス五輪で銅メダル獲得。82年東京都教員採用試験に合格。國學院高校、学習院大学で教鞭をとった後、筑波大学大学院で修士課程コーチ学専攻修了。バレーボールの普及活動や講演、スポーツコメンテーターとしてテレビ出演などで活躍。筑波大学の非常勤講師、日本バレーボール協会運営理事、日本プロサッカーリーグ理事などの各種委員を務める。2004年6月に株式会社シャルレ代表取締役に就任。06年6月、シャルレの持株会社、株式会社テン・アローズの代表取締役社長に就任。