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特集
特別企画 「在中メンタルヘルス」を語る
  Dr. 座談会特別企画
相次ぐ企業進出、業務拡大による人員増強、いまや中国に滞在する邦人数は十数万人と言われる。競争激化の中で日本本社から受けるプレッシャー、 異文化への不適応、その他諸々の原因が度重なり、メンタル面で支障を来たす在中邦人は少なくない。精神科医の ドクターチーム「MDネット」(本部・東京)によれば、「海外の在留邦人から受けるメンタルヘルスの相談の八〇%は中国から」という驚くべきデータが出ている。
日常の海外生活、企業活動における大きなリスクとなっている心の健康。自らが不安を覚えたとき、どのように対 処すべきなのか。また、周囲としては当事者に対してどんな手助けができるのか。三人のドクターに「在中メンタルヘルス」をテーマに語って頂いた。
   
 
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  安易な生兵法は鬱の元?
 
  佐野 今から、もう一〇年以上前、トロントに二年滞在した際に、駐在員の方から色々な相談を受けました。この経験を生かして、いつか、海外に特化したメンタルヘルスサポートを行ってみたいという漠然とした気持ちを抱いていました。
その後、一〇年の月日を経まして、このたびメンタルケアサポートを立ち上げたわけですが、直接的なきっかけは、ここ数年の中国の駐在員、そのご家族からの相談・診察の急増です。中国への進出企業自体が増えていることがその要因の一つですが、それにしても、以前に比べて深刻な状態でのケースが多いことが気にかかったんです。
そこで、フィージビリティスタディを兼ねて、昨年から数回、上海に足を運びました。日系企業を訪問させていただき、総経理の方とお話したり、駐在員やそのご家族、現地採用の方々とざっくばらんにいろんな話をしました。
しかし、実際に足を運んでみて、正直驚きましたね。日本で報道などを通じて理解していた上海、中国のイメージと違う点が多々ありましたから。
小松 全くご指摘のとおりだと思います。上海が中国の象徴なのか、上海があるから多くの外国から中国が信頼されてい るのか、外部を見ただけでは判断に迷いますね。仮に内陸部の偏狭の地であったら、海外の企業はそう易々と投資はしません。上海を信用することで中国を信用する。そして実際に足を運んできてから様々なひずみが生じるケースが多いのではないでしょうか。  
実際に現地で医療に従事する者の実感としてあるのは、私たち自身の力の限界です。個人的な希望としては、日本の医師が上海の医療事情に注目し、危機的な邦人医療についてもっと親身に関わっていただけたらというのが本心です。
小林先生とは五年ほどのお付き合いになりますが、元々は「鉄砲の下」をかいくぐってこられたのですよね。
小林 確かに(外務省の医務官として初めて出向いたパプアニューギニアは)治安が良くない場所でしたね。在留邦人は二〇〇名ほど。緊急の事態になった場合はオーストラリアに患者さんを移送していました。マラリアを患った方から内科・外科の診察や治療、時には糖尿病の治療をすることもありました。もちろん、メンタルヘルスの分野にも関わりましたよ。基本姿勢としては、どんな患者さんでも診なければいけないというのが実情でした。
上海にやって来たのは五年前のことです。メンタルヘルスに関して一つ大きな間違いと感じているのは、「海外に行けばメンタル面の疾病も改善できる」と親御さんが考え、安易に子どもを外国(中国)に送り出すケースが多いのではないかということです。実際は改善するような要素などこれっぽちもありません。本来なら水際で防ぎ止めなければならないのに、このような形で海外に送り込まれる日本人が急増した結果、日本人が中国人に迷惑をかけるケースも生じているのではないでしょうか。
佐野 「環境が変わればよくなる」という考えですね。
小林 耳鼻科でも内科でも器質的な問題 がないかどうか、まずくまなく見なければなりません。それを完全に否定した後でないとメンタルヘルスの薬は出せないと思います。
佐野 おっしゃるとおりで、日本でも最近はとくに、憂うつになるとすぐ「抗うつ剤」を打てとか、うつ病ならば休め、とか単純に考える傾向にあるようです。実際は気分の揺れ動きというのはいろんな情況があります。健康領域にある人は気晴らしでよくなるかも知れません。一方、健康のように見えて元々うつ病の素地がある人は身体の症状が出てくる人もいます。耳鼻科ですと、眩暈、耳鳴りという順番じゃないですか?
音程音差とか難聴とか、身体表現性障害(心身症)とか。
小松 なにかといえばストレスで片付けようとする傾向があるなど、医師側の認識が希薄なことも問題がありますよね。積極的に患者さんを診ているわけではないのですが、一日に平均して三件ぐらいは新たな相談を受けています。日本の医療というのは徒弟制度であるので、なかなかER(EmergencyRoom=救急処置室)治療のような即時に処置を求められるケースには対応できないことがあるの ではないでしょうか。
三〇%ぐらいのやけどを負って火災現場から救助されてきた人がいたとします。ドイツの場合ですと、救命救急士は全体の情況を見た後、小型ボンベに入ったモルドゲンのガスを患者に吸わせるんです。モルヒネの成分が入っていますからスーと痛みが引くんです。場合によっては、こんなER治療にあたる心構えが必要なのかと思います。
 
  邦人医療は体制不十分  
 
 
小林昌明氏:上海国際クリニック主任医師。パプアニューギニア、上海の日本国総領事館医務官を務め、2005年に同クリニックを開業。上海在住の日本人に安心して受けられる医療をモットーに活動中。
http://www.kokusaiclinic.jp/
小林 所変われば治療方法も変わってくるのでしょうね。
小松 たとえば一部の国ではロボトミー (prefrontallobotomy=前部前頭葉切截術)が未だに許されています。電気治療も行われているでしょう。
しかし、インフラの面では不十分であり、人口を満たすほどの精神科医がいるわけではありません。市の施政として何人の医師を置かなければならないという規定がまだ国にはありませんから。
佐野 通常、日本ですと一〇万都市で一〇〇〇ぐらいのベッドがあります。となると、上海では三〇万ぐらいないといけない計算になります。
小松 日本ですと経済的に困窮な状況で あっても、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律・第三六条を適用すれば、分裂病、躁うつ病など政府がお金を出してくれます。しかし、中国では一定の経済的条件がないと通常は入院などできませんから、家族が面倒をみるほかありません。結果として、事実上ベッド数は少ないけれど(病院は)運営が成り立つということになるんで す。
小林 となると、常に最悪のケースを設定しながらやっていくしかありませんね。
小松 何箇所もリストカット(wristcuttingsyndrome=手首自傷症候群)に及び、フラフラ状態の患者さんを診たこともあります。ビジネスパースンではなく留学生の事例ですけど。緊急事態だと判断して、精神科はないのですが民間の病院の先生に依頼して院内の点滴室に担ぎ込んだことがあります。
小林 本来なら精神科の免許を持っている病院に日本部、国際部をつくるようなことができるといいんですけどね。内科医院が精神科をつくることはできませんから。
小松 精神衛生センター内に会社をつく りましょう、心理ケアならいけるでしょう、と話を持ちかけたことはあるのですが、設立には至りませんでした。
佐野 何しろ、外国人という身分で医師免許をとるのは難しいですからね。カナダでも五年から一〇年以上住んでようやく永住権が取れ、その時点ではじめて申請できるくらいでしたから。
それに、医師がいれば問題が解決するというものではなく、社会としてどのように精神医療に対する体制を整備しているか、という問題も関わってきますから、将来的に総合的なサポート体制が必要となるでしょうね。
小松 ある患者さんを入院させたら、「ここに閉じ込められた」といわれたこともありますよ(笑)。私が行っている方法は、精神衛生センターの先生と心理ケアに取り組むにあたって「処方伺い」を(精神衛生センターの)中国人の先生に対して行うんです。そして医療行為はドクターに依頼します。その際、必要になってくるのは領事館の方々のバックアップなのです。
佐野 精神医療に対する体制の整備は、時間も労力もかかるものですが、予防的な観点から積極的にアプローチしていくことで、随分有益なサポートになるはずだと考えています。憂うつだったり、仕事や人生の悩みを抱えていたりする方々の相談に乗ってあげることは、ビジネス環境をよりよくすることにつながります。ひいてはそれが進出企業へのサポートにつながるかと思っています。
小松 予防的な観点から相談オフィスを上海に設けるお考えはないんですか?
佐野 ええ、そうしたオフィスは前向きに考えています。ただ、その前に、どういうオフィスがここに求められるかをまず、研究しなければなりませんね。
小松 先生方のクリニックで、帰任者の方、あるいは一時帰国された方はどういった症状で受診されるのですか?
 
  まずは対話、グレー層の援護を  
 
 
佐野秀典氏:精神科医。城北公園クリニック(静岡)院長。精神科のドクターチーム「MD.ネット」(http://md-net.jp)を主宰し、海外の在留邦人向けにメンタルケアサポートを実施。アルコール、薬物、青少年問題における数少ない専門家
佐野 もっとも多いのが、抑うつ症状です。なんとなくだるいとか、やる気がでないとか、憂うつだとか。女性の場合は、息苦しい、耳が詰まった感じがする、頭痛など。男性は動悸や不眠。お子さんの受診も 徐々に増えてきています。
また最近はアルコール問題が増えています。中国では治療の受け皿が少ないので、その症状がアルコール依存かどうかが分からないのです。記憶がなくなったり、飲むと人格が変わってしまう、ということを周囲の方が心配されて受診するケースが少なくありません。
小林 中国に赴任したくない、責任が重くなった。生産の半分は中国、日本に逃げ帰れない等々、以前とは違うプレッシャーを(ビジネスパースンの人たちは)抱えているといえます。メンタルの問題を起因とする、メタボリック症候群(MetabolicSyndrome=高脂血症や糖尿病、高血圧、肥満症などの遺伝素因に加え、環境因子が加わり発症する疾患)の発症も少なくないようです。
小松 日本人が中国における医療事情に対してもっと興味と関心を向けてもらえれば、保険による補償方法の見直しがされるかも知れませんし、発症の予防につながって、医師の治療にとっては大きな手助けとなります。
小林 実際は、軽い風邪程度の症状でも診察や治療がキャッシュレスで受けられるなど便利な制度があるにも関わらず、メンタル面での疾患はあまり想定されていないんですよね。結果として保険料の掛け金ばかりが値上がりしてきているようですが。
 
小松あきひら氏:精神科医。防災心理学研究家、ドイツ危機管理学会会員。在中歴長く、危機管理と安全性を心理・精神面から研究。多数の論文を発表、ドイツ等海外での講演歴もある
佐野 精神科医療では、疾病を治療するわけですが、疾病と健康領域の間のグレーゾーンの問題についても扱っていくべきだと考えています。海外で暮らすと、特にこのグレーゾーンに属する方の割合が多くなります。
今後、海外におけるメンタルケアを実施していくうえで、医師自身が常にその国や地域の事情を知ることが重要不可欠でしょう。
相談される方の葛藤とその背景を真に理解できなければ、本当のメンタルケアはできないと私は考えています。
小松 フラットな気持ちを保つ上で在中邦人に何かアドバイスはありますか?
佐野 職場でも、家庭内でも雑談を多くするということ。雑談によってガス抜きされ、思いつめずにすんだり、孤独感や不安感が緩和されたりします。何気ない変化に周りも気がつきますしね。
できるだけ広い人間関係を持つことも重要です。海外にいるとどうしても狭くて濃密な人間関係に苦労しがちですから。
小林 ストレスはノルマを達成できないときの呵責から生じることがあります。まずは自分をあまり追い詰めないことです。「自分が一生懸命やってダメだったら社長が来てもダメ」という気持ちの余裕を持ってもらいたいですね。
内科医療から精神科医療に移るかも知れないというケースに出会った時はまずは患者さんに聞いてみますけどね。「どうしましたか?」と。そのまま(会話は)終わってしまう場合もあれば、心を開いて話をしてくれ力になれることもあります。
小松 そうですね。やはり家庭でも会社でもコミュニケーションが解決のカギでしょうね。昔だったら「気合いでなおせ」と言いたいところでしょうけど(笑)
(七月一五日・於上海)
 
 
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