 |
 |
「中国・女性起業家」事情
〜”女老板”は”中金持ち”を目指す!?〜 |
 |
| |
特集1 特集2 特集3 特集4 特集5 |
|
 |
| |
「両岸」の架け橋として、「芸術」ビジネスに挑む
夫との二人三脚で手堅く企業運営 |
|
 |
| |
上海雅格芸術品有限公司 頼敏英 芸術総監 |
|
 |
| |
天真爛漫な性格と芯の強さを兼ね備える台湾地区・苗栗出身の頼敏英さん。夫のかつての職業は故・小平氏のボディーガードを担う中央警衛団の近衛兵。この異色カップルを地元メディアは「天が捧げてくれた縁」と報じた。上海に移り住んで一〇余年。夫と共に運営する三つの会社は、小規模ながら両岸の架け橋として輝きを増している。
台湾地区・苗栗出身。日本人の祖母を持つ。高校卒業後、上海の華東師範大学に留学し、芸術を専攻。卒業後、夫とともに会社運営に携わるかたわら修士号を取得。現在、経済雑誌の嘱託記者、ならびに保利集団傘下の芸術オークション会社の芸術総監も務める。 |
|
 |
 |
 |
| |
事業家として歩む人生 |
|
 |
| |
頼敏英さんが夫とともに運営する会社は芸術、投資コンサル、不動産の三つある。そのうち、最も古いのが上海雅格芸術品有限公司。創立より一〇年を数える。この会社で培ってきた経験を基礎に、最近では保利集団傘下の芸術会社の「芸術総監」としてオークション事業の展開に辣腕をふるう。
上海という土地は彼女にとって第二の故郷というべきものだ。様々な邂逅を経て、家庭をつくり、事業を興した。躍動感あふれる国際都市上海の魅力は、こうした「新・上海人」のエネルギーによるところが大きい。
「上海の市場は激烈でチャンスがないと思ったらとんでもない。一〇年前の上海を見て。今とは雲泥の差だったでしょ。ハード面の整備だけではなくてソフト面でも果てしなく発展していくのが、この街よ」
彼女の言葉は終始、ポジティブだ。上海の明るい前途への確固とした信念のようなものを聞いているだけで、話に耳を傾ける者は自分までもが激励されている気分になる。経営者、事業者にある者は、周囲に夢を与えられる人物でなければならないとよく言われる。一代で財を築いた「白手起家」である父親から、どうやら頼さんも無意識裡に事業家としての薫陶を受けていたに違いない。
|
|
 |
 |
 |
| |
「上海ブーム」に乗じて不動産会社が成功 |
|
 |
| |
とはいえ、彼女の事業経歴とて、最初から順風満帆だったわけではない。
上海雅格芸術品公司を立ち上げ、一九九七年にオークション事業を手がける機会があった。総額二〇〇万元の成約。まずまずの成果だったが、その後数年間はこの事業から距離を置く。「市場が未成熟だったし、上海の経済インフラもまだまだだったからね」と、時期尚早の試みであったと当時を振り返る。
その後、オークション業務には関わらず、芸術関連の事業については、展示会の企画、運営業務等にとどめ、不動産、投資コンサルティング等という畑の違う分野へとエネルギーを注力する。一方で、経済雑誌『投資中国』の上海支部代表にも就き、多くの人脈を培っていった。折りしも世紀を隔てたくらいから、地元・台湾エリアは「上海ブーム」で沸きあがった。
「傷つき(=受傷害Shanghai)たくなかったら上海(Shanghai)に行きなさい」(当時の流行語)とばかり、上海市場の潜在性、商機を求めるビジネス・パースンたちが続々と現れた。頼さんのもとに多くの知己がかけつける。ある者は不動産に関する諮詢を、ある者はマンション購入の委託を、といったように。「外銷房」(外国人向け住宅)がなくなり「内銷房」(中国人向け住宅)と統合されたことも大きかった。時には三〇人という規模の視察団を迎えることもあり、頼さんは夫とともに対応に大わらわの日々を送ることとなる。 |
|
 |
 |
 |
| |
時機到来、芸術ビジネスへの再挑戦 |
|
 |
| |
不動産事業を軌道に乗せると、頼さんは未発展のままになっていた芸術事業にも真剣に取り組み始めた。冒頭に記した保利集団傘下のオークション会社との提携がそれだ。
時機は熟していた。頼さんは、イベントの企画、運営という業務をこなしながら、台湾地区の画家たちの作品を大陸に紹介する橋渡し役を担う。背景には、好景気を背景にした芸術品の購買熱の高まりがある。大陸での落札額は台湾エリアの三倍とも。七月三日、ヒルトンホテルで行われたオークションでは、五五〇万元で落札された作品もあった。
多くの富裕層が芸術へ投資していくことで、都市は新たな活力を創出し、発展していく。中国政府もまた政策による後押しを進める。八月九日新華社は、中国政府が文化関連事業促進の一環として、芸術領域への民間投資を奨励することを伝えた。
一度は他の事業へと転身を図ったとしても最初に掲げた目標を捨て切らなかった頼さん。畑を違えようと、挑戦を続けていればやがて天運が味方することを、彼女の起業人生は証明している。 |
|
 |
 |
 |
| |
特集1 特集2 特集3 特集4 特集5 |
|
 |