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「中国・女性起業家」事情
〜”女老板”は”中金持ち”を目指す!?〜
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  茶に奉げる青春に悔いなし
”茶縁”を機に花開く事業
 
  上海奉茶茶業有限公司 李娜代表  
 
中国茶館「奉茶」は、上海の高級住宅区の一角にある。口コミだけで評判が広がり、井川遥など有名な芸能人もこの店を訪れている。質の高い茶葉、ユニークな茶器、同店ならではのオリジナルのブレンド茶が隠れた人気の背景だ。上海にある幾多の茶芸教室の中でも草分けであり、昼間はお茶を嗜む「太太」(主婦)たちで賑わう。
 
  故郷への想いを胸に育む小さな夢  
  この個性あふれる茶館を開いたのが李娜さんだ。「老成した」雰囲気と形容してもあながち間違いではない。俗に「三十にして(志)立つ」というが、彼女が現在の前身である「茶縁小築」を開いたのは二〇歳を過ぎた頃のことだ。店名は「お茶を”縁”にした人と人との出会いを大切にした小さな”茶園”をつくりたい」(※「縁」「園」ともに中国語でYuanと発音)という願いから付けた。
「幸い中国の文化に幼い頃から触れる機会がありました。それに、とにかく学ぶことが好きでした」という李娜さん。店内には「人生好寂寞、好読書(人生は寂しい、よく学べ)」という書が掲げられている。懇意にしていた書道の先生が、起業を決めた彼女を激励するために贈った言葉だという。
彼女の実家は上海郊外の「奉賢」区にある。スイカやトウモロコシ、キビなどの畑に囲まれ、都会の喧騒とは一切無縁の世界だ。裕福な農家に生まれた彼女は、いまでもこの故郷への思い入れが強い。店名・社名の「奉茶」も、故郷、奉賢の文字からとっている(これにとどまらない彼女の店名に対する深い想いについては後述する)。
「それでも他の友達と同じように、一時は都会の華やかな世界に飛び込んでみたいという憧れを持ったものです」と李娜さんは学生時代を回想する。
高校を卒業し「上濾」(濾は上海の旧称)すると、「大専」(短期大学に相当)の課程を通信教育で受けながら毎日アルバイトに勤しむ日々を送る。喫茶店のウェイトレスや店頭販売員に始まり、ホテル、外資大手スーパーなど幾多の業務を経験した。最後に就いた職場では、部門経理として一般の大卒者の倍額という恵まれた待遇を受けていたという。
しかし、いま流行りの言葉でいえば「セレブな女性」をめざすことについて彼女はさほど興味がなかったようだ。「学生時代から『あなたは冷めているね』と友人からよく言われたものです」と李娜さん。レジャーやショッピング、若い女性だったら胸湧き踊る体験をして当たり前のことでも、いまひとつ心が満たされない。そして、日々の仕事から受ける精神的な重圧が辛かったという。
 
  そして独立、初期は障害の連続  
  部門経理として半年間経過した時、彼女の心に一つの決意が芽生えた。
「自分の人生、やっぱり好きなことにとことん取り組んでみたい。そうだ、小さい頃から触れ、学んだ中国茶の世界をとことん追求してみよう」----。
そう思い立つと行動は速かった。両親にも内緒で会社をやめ、市内の花市場に小さな店舗を構えた。安普請の建物の一室。隣にはペットや花を扱う店が立ち並ぶ。スペースはわずか一〇平米ほど。マーケットに対する理解や洞察はなかった。事業が成功し 財富を築けるだろうという期待や欲もなかった。「本当に無謀だったかも知れません。でも、自分のお店を持てたという、あの時の幸せな気持ちは言葉では表現しきれないものでした」(李娜さん)
収入面ではしばらく苦しい日々が続く。わずか一〇〇〇元のテナント料を支払うのにも四苦八苦した。さらに、ちょっと顧客が増え軌道に乗ったと思いきや、今度は雇った従業員が突然ジョブホップ、隣に堂々と別の店舗を構える。決して平和裏に「暖簾分け」をしたわけではなかった。昨日の同志は今日の商売敵。ひとたび独立の機運到来と見るや、仲間であれ生き馬の目を抜くがごとく行動に出る例は商都・上海においては散見されることだ。
さまざまな障害の連続。そして挫折。それでも捨てる神あれば拾う神あり、というのが人生の妙かも知れない。たまたま店を訪れ李娜さんと意気投合した一人の日本人太太」が李娜さんに話を持ちかけた。「私、ちゃんと学費を払うから、茶芸を教えてくださいよ」----。
こうして上海第一号となる外国人向け「茶芸教室」がスタートした。仲間が仲間を呼び、たちまち教室は隆盛を極める。人も新たに雇った。店舗のスペースで間に合わないときは、生徒の自宅に出張授業、応接間が教室となった。苦境に立つ相手に援助の手を差し伸べることを中国語で「雪中送炭」という。自身のために新たな道を切り開いてくれた、かの「太太」のことを彼女はいまでも最愛の親友と呼び、(「太太」が)日本に帰国した後も時々電話で連絡を取り合っているという。
 
  時運に乗り、経営も軌道に  
 
上海郊外の奉賢区出身。数多くの日本人主婦層の支持を受け、茶芸教室の運営も順調。ここ二年内に店舗拡張も計画している。
やがて、取り扱う茶葉、茶器のセンスの良さが受けて売上が増加する。蓄えた資金を思い切ってはたき、独自ブランドのギフトセットを中秋月用に生産するとこれが見事に成功。月餅オンリーの贈り物では物足りなさを覚えていた多くの顧客が、お茶と茶器をセットにしたアイディア商品の販売を諸手挙げて歓迎した。完売。そして、お茶の縁を通じて広がった「太太」たちの協力を得て、三越や伊勢丹、松坂屋、東急などが催す中国茶イベントにも参加する。茶芸の披露と販売のために中国と日本の間を忙しく往復する日々。二〇〇一年から二〇〇二年のことである。折しも、APEC開催に成功し、上海がひときわ国際的な地位の向上を世界にアピールした時期と重なり、滞留する外国人が急増していた。
運も味方した。この頃、店舗を古北地区に移し、売上は伸びたが、高騰する家賃の負担も相当きつくなる。そこで思いついたのが不動産購入。万が一、高騰する部屋の賃貸料の圧力にたえられなくなっても、茶館経営はなんとしても維持したいという一心でのことだった。その購入した物件が数年間で急騰。これを売却し、資金繰りの憂いは一気に解決するまでになった。
「茶縁小築」という店名も、店舗の引越しを機にいつしか「奉茶」に改められた。
「最初の店舗の雰囲気はどっぷり大陸に浸かった感じ。そして台湾風味が加わった店舗を経て、いまではちょっと日本風の雰囲気が漂っていると感じませんか、と古くからのお客さんに感想を聞いてみるんですよ」(李娜さん)
 
  規模の拡大は求めず  
  「奉茶」という店名の由来はこうだ。
「日本には”一期一会”という教えをもとにした伝統文化として茶道があります。けれども中国茶となると名称からいって”茶芸”。”道”の世界とはかなり開きがあるような気がします」
「そこで、”茶縁”から一歩進んで、もてなす側ともてなされる側との間の心と心の交流を重視しなければと思いました。”奉茶”という店名、会社名には私が抱く夢が注ぎ込まれています。偶然にも人生のスタートである故郷、”奉賢”への思い入れを表現することにもなりましたけど」(李娜さん)
常客の中には富豪と呼ばれる中国人が何人かいる。
ある富豪はいう。「どうしてフランチャイズ展開をしないのか?」----。機運は熟したはずなのに、規模拡大の道を歩もうとしない李娜さんにハッパをかけた。
別の富豪がいう。「あなたは幸せよ。本当に好きなことを自分の仕事にしているんだから」----。
これを聞いて李娜さんは、財を築き「成功者」として世間から見られている人が精神的に必ずしも充足しているのではないと悟ったという。
彼女は名声や地位、巨財を得るのではなく、心をこめて名づけた店舗が、老舗として後世に伝えられていくことに価値を置こうとした。老舗と呼ばれる店は、自らの本拠地、出発点にこだわる。その例に漏れず、彼女もまた、人生の出発点である奉賢という故郷、そして「太太族」との絆のなかで培ってきた今の店舗をないがしろにしたくはないという。
 
  三十前にして「惑わず」  
  現在、李娜さんは店舗経営のかたわら、日本の茶道、中国楽器の稽古に勤しんでいる。
「多くの日本人のお客さんに支えられているのですから、中国文化だけでなく、もっと日本文化への理解を深めないと」という李娜さん。両国の文化の架け橋となりながら、「中国茶芸」を”茶道”の域に高めたいと彼女は願う。
「人生はお茶のようなものですよ」(李娜さん)。中国茶それぞれが備える多種多彩な味覚や香り、風味に、人生の喜怒哀楽を重ねているとでもいうのだろうか。
三十前にして「惑わず」。人々にお茶の楽しみを伝えることに生きがいを得ながら、志と夢の実現に向けて日々精進しようと李娜さんは固く決意する。
「人生寂寞、好読書」(人生寂し、よく学べ)----。
 
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