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「中国・女性起業家」事情
編集部が選ぶ「中国・女性起業家列伝」 |
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一代で財を築き上げた人のことを中国語で「白手起家」と呼ぶ。和田一夫氏の実母がモデルといわれる「おしん(阿信)」をはじめ、中国人は「白手起家」の成功を尊ぶ。一つの商品に込められた彼ら、彼女たちの努力奮闘の物語に共感を寄せ、ヒット商品へと育っていくこともある。 | |
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『ションヤンの酒家』のモデル
■莱双揚 劉 |
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『ションヤンの酒家』(中国語名:『生活秀』、原作は池莉の小説)という映画がある。『山の郵便配達』で有名な霍建起監督の作品だ。
女優・陶紅が演じる「鴨 子」(鴨の首部分を揚げた料理で酒のつまみに合う)を売る屋台店の店主、莱双揚は気丈な女性。離婚、兄弟の妻との間の矛盾、衝突等々、様々な生活上の困難が彼女にふりかかってくる。それでも、たくましく生き抜いていく姿に読者、観客は共感し、この作品は一躍、有名になる。映画は日本でも公開された。
では莱双揚のモデルとなった人物は誰なのか?作品が有名となるや、「鴨 子」と関わる多くの女性が「われこそが」と名乗りをあげたが、最終的に“正真正銘”の「莱双揚」と認知されたのが北京莱双揚食品有限公司・劉 副総経理である。
10年前、彼女はレイオフ、そして離婚と、たたみかけるような困難に直面する。子どもはまだ数歳。家は借家。そのなかで家族を支えるために始めたのが「鴨 子」の店だった。2002年、劉 は「莱双揚」の商標登録に成功する。北京飲食文化街に旗艦店を出すや、たちまち評判となり、現在はFCを展開。昨年末の時点で60余店舗までに規模を拡大しているという。(中国百姓創業網より) |
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親子操業の屋台店が、全国ブランドに
■湾仔碼頭 臧健和 |
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臧健和氏は青島で看護婦の仕事に携わっていたが
1997年に離職、二人の娘を抱え、いち早くタイに移住した夫の元に出向く。しかし、そこで待っていたのは離婚という挫折であった。
彼女は大陸には戻らず香港へと入る。生計を立てるために皿洗い、車の清掃等の仕事をこなす。しかし身体を壊し、前途に暗雲がたちこめたときに思いついたのが、小さい頃から食し親しんでいた北京餃子を香港で売ることだった。長女が餃子の皮を包み、次女は皿洗い。「湾仔碼頭」と名づけられた親子経営の小さな屋台店はいつの間にか口コミで多くの客が立ち寄るまでになった。
百貨店や食品メーカーがさまざまな提携話を持ちかける。しかし、彼女は「湾仔碼頭」のブランドを捨てたくなかった。
1996年、アメリカのPillsbury食品公司が「三顧の礼」で近づく。彼女一家をアメリカに招待し、自社の先進的な生産設備や優れた管理について説明した。「餃子という中国の伝統的食文化を世界に伝えたい」--国際規模の食品会社との合作に迷いはなかった。「湾仔碼頭」は上海、広州、北京へと生産設備を持つ全国ブランドとなった。(中国招商創業門戸より) |
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貧農で生まれ育った稀代の女性老板
■元祖食品 張秀 |
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「GANSO 元祖食品」と掲げられた看板。街のあちこちで目にする「日式漢字」の店とは毛色が違う。台湾地区で産声を上げた菓子製販企業は、中国全土に店舗網を広げ、中国を代表する菓子ブランドに成長した。それは農村の貧しい家庭で育った張秀董事長のサクセスストーリーでもある。
台湾地区南部の農村で生まれた張董事長は、四歳の時に父親が他界。6人兄弟の中でただひとり中学校を卒業した。当時の苦労が強い精神力となって後の経営人生に生かされたと自身振り返っている。創業したのは1981年。台北市の繁華街に出店したゴマ饅頭の店「如意堂食品」だった。その後、菓子の包みに印字した「元祖」の名が知れわたったことから店名と社名を変更。売れ行きは右肩上がりで、93年春に上海で大陸1号店を開店、大陸進出を果たす。現在までに全土で260店舗を超える一大チェーンを築き上げた。
同社の成功の秘訣は、日本の衛生観念や経営手法を取り入れたこと、「菓子ギフト」として高級路線を打ち出したことが挙げられる。それもすべて張董事長の奮闘なしでは語れない。いま、一番の書き入れ時である中秋節の「月餅商戦」真っ盛りだ。(「ウォーカーチャイナ」04年4月号) | |
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三つの文字しか知らない創業者
■老干媽 陶華碧 |
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1997年に発売されて以来、中国の一般家庭に欠かせない調味料となった「老干媽」。商品のラベルに一人の中年女性の写真がある。この女性こそが「老干媽」の生みの親であり、今や13億元の資産を有する起業家「陶華碧」である。
今年51歳になる陶華碧は、貴州の辺鄙な山村に生まれ、貧しい境遇のため学校に通ったことは一日もない。20歳で嫁いだが、数年後に夫が病気のため他界。二人の子供を抱えていた彼女は生活のため細々と商売を始め、数年後、街中に自家製の辛味噌を使った麺屋を開き繁盛した。しかしそのうち、麺よりも辛味噌が評判になり、周りの「あなたの辛味噌はこれだけ人気があるのだから、いっそ辛味噌を専門に生産してはどうか」という提言のもと、小さな工場を設立、生産を始めた。
その後正式に会社を設立。会社は順調に拡大し、書類などの扱いも増えた。文字の読み書きが出来ない彼女は、長男を呼び戻し会社経営を手伝ってもらった。全ての必要書類を長男が読み、母親が聞く。「署名のためにもこれだけは覚えてくれ」と長男が母親の名前を紙に書いた。自分の名前を見ながら「この三つの文字は、なんて複雑なの!」と彼女は溜息混じりに頭を振った。(福布斯より) | |
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〜”女老板”は”中金持ち”を目指す!?〜 |
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2005年4月発表『新財富』長者番付500傑より抽出。「婦女能頂半邊天」(女性は天の半分を支える)という故・毛沢東元主席の言葉はよく引用されるが、女性単独でランキング入りしているのは16人、全体の3.2%に過ぎない。 |
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| 中国長者番付を出身地別に分類してみた。浙江省は温州をはじめ、伝統的に商業活動が盛んな地域。なお、資産総額では北京、広東、江蘇という順序になる |
「中国は女性の起業が活発な国といえます」----。
今年春、三月一八日〜二二日にかけて北京で行われたイベント「二〇〇五中国起業女性経済文化活動ウイーク」において、全国婦女連合会書記処(事務局)の張世平書記はこのように結論づけている。
氏の主張の論拠はこうだ。
「世界四〇カ国・地域を対象とした世界起業意識調査(GEM)によると、女性全体の起業活動指数は六・九%。中国の女性全体の起業活動指数は一一・一六%であり、世界平均を四・二六ポイント上回る」(二〇〇五年三月二八日「中国青年報」)。
もう一つ興味を引かれるものに、中国企業家調査系統秘書長である李蘭氏のレポートがある。一九九六年から二〇〇一年にかけて、女性企業家を対象に、経営を取り巻く基本環境や意識について実施したアンケート結果に基づく分析報告である。二〇〇三年四月一五日、『経済日報』上で紹介された。
調査対象総数については読み取れないが、トップの立場にある女性の(仕事に対する)満足度は男性より高く、「非常に成功」「比較的成功」と答えた人は九割に及ぶという。また、社会的地位、政治的地位、収入についての満足度も同様に女性のほうが(男性より)上回っているとされる。
体力的なハンディキャップはあるが、女性であるがゆえに経営面での成功を呼び込める要素も確かにあるだろう。女性の直感や視点はやはり鋭い。他者の立場で思考することに長け(換位思考)、忍耐や信用度という面でも男性をしのぐという結果もある。
食うか食われるかの戦いの場に身を置くことを生きがいとするのが男性経営者なら、相互依存、相互協力によってWinWinの関係を築くことを重視する傾向にあるのが女性経営者である。「中国五〇〇傑へのランク入りはすでに果たした。次は世界五〇〇傑だ」という目標設定や、「敵対的買収」といった言葉に表れるゼロサム的な思考は、彼女たちにとってはさほど意味をもたないかもしれない。
「敵対的買収」ではなかったが、昨今実現した中国IT業界の大型買収劇について、女性経営者はどんな見解を持っただろうか?----「換位思考」に立つことで、男性もまた新たな発見にめぐり合うはずだ。 |
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