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巻頭インタビュー
人気俳優から実業家へ。大陸の舞台≠ノ馳せる夢
美国瑞陽房地産集団 董事長 林瑞陽 氏

 
  かつて「台湾第一小生」と称され、テレビドラマ俳優としてスターダムな存在にあった林瑞陽氏。人気絶頂のなかでの芸能界から引退、そして実業界に転身…。彼の個性あふれる人となりや生きざまに対して、いまだスポットを当てるメディアは少なくない。両岸を通じた不動産ビジネスという人生の舞台で、かつての名優は飽くなき挑戦を続けている。  
 
 
「瑞陽」ブランドへの認知度は一般庶民の間でも高い。結婚相手と目されている人気女優・張庭氏は現在、不動産仲介業「瑞陽不動産」を運営、チェーン規模を拡大している

プロフィール
林瑞陽 氏
美国瑞陽房地産集団董事長。1960年生まれ、台湾地区宜蘭県出身。元俳優。90年代前半、ドラマ『一 幽夢』が台湾・香港・大陸で大ヒット、人気・実力ともに絶頂期にあるなか98年引退、番組制作会社の経営を経て、01年に中国大陸におけるデベロッパー事業に参入。以来、数々の大陸の住宅・商業施設の開発、エージェント事業を手がける。

 
  「台湾第一小生」として一世風靡人気絶頂期に引退を決意
 
 
  『望夫崖』『妻』など、数々のテレビドラマに出演し人気を博す。日本でいえば故・石原裕次郎に匹敵する知名度を誇ったと言っても過言ではないだろう
瑞陽房地産開発集団(Sunrise Real Estate Development Group, Inc.)の傘下には、中国大陸での不動産開発、投資、管理、代理販売、ホテル経営管理、中英のバイリンガル教育および塗装業など、様々な企業が名を連ねる。
その董事長として経営の指揮に立つのは、かつて「台湾第一小生」と呼ばれ、数多くのテレビドラマに出演し人気を博した林瑞陽氏である。
彼の主演TVドラマ『一幽梦』が一世風靡したのは一九九〇年代前半のことである。台湾、香港、大陸(二岸三地)の多くの視聴者はブラウン管が放つ彼の演技に魅了された。人気は絶頂期、演技もまた円熟のときを迎えていた彼は九八年、突如、芸能生活からの引退を決意する。彼の主演代表作『一幽梦』は、林瑞陽氏にとって自らの演劇人生に花道を飾る作品に等しいものとなった。
デビューから引退に至る一八年という歳月のなかで、さまざまな役を演じてきた。精神異常者、ごろつき、プレイボーイ…等々。彼の出演作品の総放映時間数は一八〇〇時間にのぼるという。
林瑞陽氏は演劇人生を振り返り、その苦労について次のように語る。
「たとえば配役がもつ暗い一面――孤独、沈着、繊細さ――を表現するために、自らの本性とはかけ離れたことを日常生活でも演じることがある。人との交流を隔て、本来の自分を封じ込めてしまうのです。こうした行為によって心にかかる負荷というのは視聴者の方々には想像できないほど大きいものといえるかも知れません」(林瑞陽氏)。
しかし、彼はその心の負荷をもろともせず演技を続けた。「演ずるということは、心の中に創作する芸術にほかならない。タバコやお酒に病みつきになる人がいるように、演劇に身を投じた人はその虜になるのです」(林瑞陽氏)。
それほどまでに演劇をとことん愛し、青年期のエネルギーを燃焼し尽くした林瑞陽氏。台湾芸能界の将来性に漠然とした不安を感じていたこともあるのだろう。トップ俳優として、さらに高みを目指すことはもはや限界に達していると判断したのかも知れない。もっとも、彼は笑いながらこうも付け加えている。「不動産業という活気ある業界に身をおきながらも、何が一番好きかと問われれば――やはり演劇だと答えるかも知れない」(林瑞陽氏)。
 
  演劇を通じて得たもの、そして実業界で知った醍醐味とは
 
  芸能やスポーツなどショービジネスの世界で活躍したスターが、引退後、ビジネスの世界に身を投じたという話はよく聞く。しかし、それが成功に至るケースは極めて稀だといえるのではないか。 「有名人効果」をねらって一発勝負に出たものの結果は多額の、大きな借金を負ったことが報じられる例、堂々と引退会見に臨んだものの、その後、スポットライトを浴びた昔日の栄光の日々が忘れがたく、再び復帰宣言するケース等々、芸能人と実業を結びつける絆というのは実に脆く、頼りないものと思う人は少なくないのではないだろうか。 これに対して林瑞陽氏は、「演劇を通じて鍛えられた体力、忍耐力、意志力、記憶力は私にとって財産。いまのビジネスに十分役立っている」と語る。演劇を本来の生業としながら、台湾地区にて二年半に及ぶ不動産代理の事業を手がけたことがあるという林瑞陽氏。台湾地区での実戦経験を大陸に持ち込めたことは、彼の大陸での事業の成功をもたらした大きな要因の一つとして挙げられよう。 実社会と自身の距離を縮めることで、林瑞陽氏は、内向的な側面が陰をひそめ、より外交的かつ包容力ある個性を持ち合わせるようになっていった。と同時に彼は、「自らが組織、社会の一部分に過ぎない」ことを再認識したともいう。IR、顧客開拓、董事会の招集、監督管理など一連の職務を担いながらも、「私が休んでいるときでも組織は動いている」(林瑞陽氏)ことを知るのである。 人との交流、チームワークを通してお互いに支えあうこと。組織・部門の機能を大いに発揮していくこと。これこそが企業活動の醍醐味だという林瑞陽氏。彼は語る。「企業運営の大きな魅力は、ちょうど磁力に吸い寄せられるように、多くの優秀な人材が集まってくることです」(林瑞陽氏)。
 
  記録に残った湖左岸の販売記憶に刻んだ成功体験と教訓
 
  創業当初、林瑞陽氏は自らの名前を一つのブランドとして大いに活用しようと図った。案の定、「瑞陽」という組織名は、大きなインパクトをもって人々に迎えられ、ある意味、企業の知名度を高めるうえでプラスに作用したといえる。
しかし、事業の草創期を経てしばらく経過すると、瑞陽集団のプロフェッショナル性に対して疑問を放つ声がもたげてきた。
彼が語るには、アメリカにおいては、俳優の地位や名声は政治家のそれを凌駕する。したがって、彼らがビジネスに携わろうと思えば、各方面から大きな支持を得ることができる。しかし、中国においては俳優に対する評価は芸人の域を飛び越えるものではない。その能力に対して根強い偏見と固定観念があるというのだ。
「もしかしたら一般の人以上にビジネス界では艱難辛苦を耐え忍ぶ必要がでてくる。毎日が挑戦なのです」(林瑞陽氏)。
一つの転機になったのは二〇〇一年、八カ国からの競合企業との入札に勝ち、蘇州工業園区金鶏湖畔西沿にある物件の総代理を担ったことである。「湖左岸」と呼ばれるその物件は、築地面積一六・四万平米、総建築面積三〇万平米からなる高層マンション群だった。販売開始当日から三一二件の予約がつくという驚くべき記録をつくると、その後、二八日の間に五七八件全てを売り切るという空前の事態となった。
「湖左岸」の販売にあたっては、日本人の居住問題についても十分に構想を練ったという。外国人士の長期にわたる生活を満足させる設備には事欠かない。さらに、「外国人の文化をまずこのエリアに持ち込み、そしてゆっくりと中国のカルチャーを注ぎ込んでいく。やがて外国文化と中国文化がだんだん融合していくことになる」(林瑞陽氏)。
「湖左岸」がその後の彼の事業人生にもたらした意義は大きい。単に華やかな販売記録だけでなく、この実績が「たゆみない努力を続ける原動力となっている」という。
「デベロッパーは物件の施工を始める前に、開発しようとする不動産がいかにヒューマナイズドされ、信望をもつかを考える必要がある。二一世紀という時代においては、ヒューマナイズドされた文化をもたない不動産はマーケットに受け入れられない」(林瑞陽氏)。
瑞陽集団の版図はすでに中国全国一三省にわたる。当初、顧客の中心となったのは台湾地区出身者であったが、北京で抱える開発案件(現在、二件)については、現地の顧客を主要ターゲットとしている。台湾地区出身者が占める割合は一五%にすぎないという。
 
     
  さらに広がる大陸事業の版図次に目指すのは世界の舞台
 
 
  上背ある体躯。企業家としての風格を帯びる。目指すは世界。上場を実現し、グローバル・カンパニーとして名を馳せることだ
ところで、彼自らも副董事長に名を連ねる蘇州の巨大卸売施設「A--BOSS」(エーボス)の開業式(一月二○日)は中国のマスコミから熱い注目を浴びるちょっとした事件となった。五つの商品館とホテルで構成され、総敷地面積二三万平米、投資総額二七億人民元にのぼり、中国最大規模とうたわれているだけでなく、会場には彼のフィアンセと目される人気女優の張庭氏も出席、同ブランドのイメージキャラクターとして挨拶の席に立ったのである。
張庭氏はすでに自らの投資によって現在、不動産仲介の『瑞陽不動産』をチェーン展開、『瑞陽』ブランドの普及に一役買っている。足掛け十年以上に及ぶ交際を経て、今夏いよいよ結婚と報じる三面記事も面なくない。その一方で、二人の事業連携が今後どのような進展を見せるのか――これも一つの注目に値する話題のテーマではないだろうか。
現在、林瑞陽氏が熱い視線を向けるスポットに無錫、南通がある。とくに一級港を有し、恵まれた水運インフラを備える南通は、その地理的好条件から、外資企業の投資先としても将来有望なエリアと目されている。自らの開発物件「都市之光」の販売を順調に終えた林瑞陽氏もまた、この地を未来の物流センター、中国のシカゴとみなす。
「一九世紀前半、中国は世界の三分の一近くのGDPを誇っていた。その時代が再び到来しようとしている」――迅速な発展を続ける中国の洋々たる将来を確信するかのように熱く語る林瑞陽氏。両岸三地を越えた、国際的な不動産ビジネスという舞台で自らを演ずること。そこに彼は人生の後半を賭けているのだといえよう。  (取材・文:編集部)