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巻頭インタビュー
100億のヤクルト菌、大陸に挑む
養楽多(中国)投資有限公司 董事総経理 安齋春樹氏

 
  ヤクルトは、2002年より広州で活性乳酸菌飲料「ヤクルト」の製造販売を開始した。その後、上海にも製造拠点を設け、現在、販売エリアは広東省の主要都市、上海、南京、北京にわたっている。今後は他都市への進出を積極的に図っていく。その陣頭指揮に当たるのが養楽多(中国)投資有限公司。05年の設立以来、董事総経理を務める安齋春樹氏に、これまでの成果と中長期計画について話を聞いた。  
 
 
中国の歴史小説(宮城谷昌光氏の『孟嘗君』『太公望』『樂毅』など)や山崎豊子氏の大河小説を愛読。その壮大な時代描写や主人公の生き様に感銘を受ける

プロフィール
安齋春樹氏
1949年、神奈川県横浜市生まれ。71年にヤクルト入社。広報室勤務14年、営業部勤務3年を経て国際部へ。以降、香港に8年、マニラに6年駐在した後、2005年7月、ヤクルトが中国事 業を統括する目的で上海に設立した養楽多(中国)投資有限公司の董事総経理に就任。

 
  海外市場で四〇数年の歴史 中国ではすでに四都市へ進出
 
  ――日本で七〇年の歴史を持ち、愛飲されるヤクルトですが、海外進出も積極的です。
 
 
  世界27カ国・地域で愛飲される。中国大陸ではすでに広東省、上海、南京、北京に投入。今年、天津、蘇州、杭州でも販売開始する
一九六四年の台湾地区を先駆けに、数年後には、香港地区、韓国、タイ、ブラジルでの製造販売を開始した。その後、アジア、南米を中心に海外展開を進めてきた。
九〇年代に入ると、欧州へも進出を果たした。乳飲料の歴史ある地場企業が多い欧州への進出は冒険だったが、ヤクルトはプロバイオティックス(有用菌)乳酸菌飲料の先駆者として、新しい市場を切 り開いている。
 
     
  ――中国大陸では〇二年より広州での製造販売をスタートさせ、上海、南京、北京と販売網を広げています。
 
  現在、生産拠点は広州ヤクルト有限公司と上海ヤクルト有限公司の二社。販売は、広州ヤクルト有限公司が広東省を、上海ヤクルト有限公司が上海と南京、北京ヤクルト販売有限公司が北京を担当している。さらに昨年設立した上海ヤクルト販売有限公司が今後、上海・南京以外の広域で販売を行っていく。
当社は、これら中国ビジネスの統括管理会社として、事業全体を機動的かつ迅速に展開させる役割を担っている。
 
     
  ――ヤクルトの世界戦略の中で、中国は重要な市場として位置づけられます。
 
  現在、日本を除いた世界二七カ国・地域で一日一六〇〇万本が飲まれているが、これを二〇一〇年には四五カ国・地域、二一〇〇万本まで伸ばす計画がある。当社の中長期計画では、中国市場で二〇一〇年に二〇〇万本強を目指しており、世界市場の一割弱を担うことになる。
さらに言えば、二〇一五年までに中国で五三〇万本を達成する計画だ。これは決して難しい数字ではない。ヤクルトでは、その都市の人口比で何%が毎日、ヤクルト一本を消費するかを指標にしている。人口比一%が市場成熟度の目安になるが、一三億人の中国で五三〇万本は、僅か〇・四%に過ぎない。ヤクルトには海外市場における四五年弱の歴史があり、データの蓄積がある。五三〇万本は、その蓄積から算出したもので自信がある。
 
     
  ヤクルトレディによる宅配を重視上海、広州でブランド認知度高まる
 
  ――中国でも製造から流通まで、徹底してヤクルトの流儀を貫いています。
 
  ヤクルトでは、先進国の中でも厳しいといわれる日本の製造管理基準の一〇倍厳しい品質管理を行っている。中国でもそれは同じだ。そのため、生産機器から原材料まで、現地調達ができていない。原材料の現地調達実現は二〇一五年までの課題である。
問屋を通さず、通行証を得て、自社のルート車で自分たちが商品を店頭へ運ぶ――これがヤクルトの伝統的なスタイルだ。自社の商品は、社員が愛情を持って売場まで届けるのがベストという考えが根底にある。
広東省でも、小売店までの流通を自社で行っている。今年、新たに進出する二都市も自社流通が実現する見込みだ。しかし上海では、トラックで市内を走るための交通ライセンスの取得が難しく、流通は日系卸問屋に委託している。自社でやりたいのはやまやまだが、事業スピードを上げるため、協業メリットを選んだ。
 
     
  ――ヤクルトレディによる宅配にも着手しています。
 
  ヤクルトは創業時、ヤクルトレディによる宅配からスタートした歴史を持つ。説明が必要な商品の特長から、店頭流通には余り向いていないともいえる。ヤクルトレディの宅配は、事業の根幹だ。
中国で宅配を実現する困難は少なくない。団地のセキュリティーは日本以上に厳しい。また、雇用面の難しさがある。日本では同じ条件の下、インセンティブを付けて展開しているが、中国では地元の人間と外地人では保障が違うなど、同じ条件下でヤクルトレディに競争させる環境整備が難しい。
それでも、少しずつ組織を固めている。現在、広州では五〇〇人、上海では三五人のヤクルトレディが活躍している。今後、一桁増やすぐらいの気持ちで、組織作りに注力する。決まった制服で宅配するヤクルトレディは、広告効果がある。常に街で目に付く存在になるまで育てるつもりだ。
 
     
  ――積極的なマス広告展開を行っていますが、認知度はどうでしょうか。
 
  上海、広州ではかなり認知度が上がっている。すでにブランド認知を高める段階は、二都市では終わったと思う。認知はされているが、購入までに結びついてないという状況をいかに変えていくかが、今後の広告展開のテーマだ。
一方、これから進出する都市では、TVCMを中心に、ブランド認知を進める。この春から秋にかけて放送するCMでは、「世界中で愛されているヤクルト」、「ヨーグルトとは違う、生きた乳酸菌」、「一本に一〇〇億のヤクルト菌」にメッセージを絞り、シンプルに商品の良さを訴えている。
 
     
  ――広東省とそれ以外の地域でブランド名が違います。ブランディング活動上、問題があるのではないでしょうか。
 
  ブランド名は、上海、北京、南京では「養楽多」、広東省だけ香港地区で使ってきた「益力多」を踏襲している。この問題は当社設立時から話し合っているが、まだ結論が出ていない。現在、統一するリスクとコスト、統一しないリスクも含めて洗い出しているところだ。
全国放送のTVCMが打てないなど、問題は確かにある。しかし、ブランド統一には巨額なコストが必要で、個人的にはこのままふたつのブランド名を共存させてもいいかと思う。いずれにしろ、年末までに結論を出すつもりだ。
 
     
  業界規格の策定に向けてアクション二億の腸に一〇〇億のヤクルト菌を
 
  ――乳酸菌飲料のカテゴリーが不明確で、市場は混乱しているようです。
 
 
  ヤクルト勤務36年中、16年間を海外勤務で送る。香港地区勤務では1997年から2年間、広州ヤクルト有限公司の立ち上げに携わった
中国には乳酸菌飲料の業界規格がなく、市場ではまがい物も含めて、いろんな商品が乳酸菌飲料を謳っている。が、明るい兆しが見えてきた。昨年、CIFST(中国食品化学技術学会)の下部組織として、乳酸菌分会が設立した。分会の主な仕事は、業界規格の策定、国家基準策定へのアドバイスだ。現在、分会理事会社は五一社。地場の大手乳業メーカーがすべて顔を揃えている。
私はこの組織の副理事に就任した。当社ではこれまで、業界規格の必要性を訴え続けてきた。消費者のためにも、また健全な市場育成のためにも、分会の果たす役割は大きい。順調に行けば、類似品、ニセモノの問題も解決するだろう。
 
     
  ――小売店のチルド売場が拡大されつつあります。乳酸菌飲料市場のポテンシャルも高いのではないでしょうか。
 
  中国の「液状乳」(フレッシュ・常温牛乳、飲むヨーグルトなど)の消費量は飽和状態という。都市部のひとり当たりの年間消費量は、北京が四四キロ、上海が三〇キロで、この数字は二〇〇三年から変わっていない。
しかし、売り上げ額は伸びている。けん引役を担っているのが、プロバイオティックス乳酸菌飲料をはじめとする高付加価値乳飲料だ。乳酸菌飲料市場はホットな市場として、しばらく拡大を続 けるだろう。
 
     
  ――今後、他都市への進出を加速させます。各販売拠点の採算分岐点をどうお考 えですか。
 
  毎年、三から四の販売拠点を設けていく計画だ。今年は、四月に天津、六月に蘇州、八月に杭州へ販売拠点を開設する。各販売拠点は、設立三年目の単年度黒字化を目指す。因みに、広州ヤクルト有限公司は〇四年に単年度黒字化を達成、上海ヤクルト有限公司も、今年か来年に達成する見込みだ。
販売拠点の広がりとともに、生産拠点の拡充も必要になってくる。順調に行けば、二〇〇九年前後に華北でも生産拠点を設立できるだろう。
 
     
  ――今後の発展の鍵はなんでしょうか。 中長期の見通しをお話ください。
 
  我々が取り組まなければならないのが、毎日或いは定期的にヤクルトを飲むロイヤルカスタマー作りだ。この層をどれだけ厚くできるか、これに全力で取り組む。具体的には、マス広告から試飲会、工場見学、医者や専門家を集めたシンポジウムの開催を行っていく。
計画では、二〇一五年までに販売拠点を全国二七にする。都市部の二億人を対象に、一日五三〇万本を販売する試算だ。人口比で五%が毎日一本飲む環境ができた時、ヤクルトは真のリーディングカンパニーになる。この数字に向け、地道にやって行きたい。