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巻頭インタビュー
台北から上海へ、 「両岸」結ぶ論壇活動
『上海楼市―境外人士専刊』発行人&総主編

 
  『上海楼市―境外人士専刊』発行人・総編集である蔡為民氏。台湾地区出身でありながら、上海の不動産事情を語らせたらこの人の右に出る者はいないと言われる論客である。『第一財経』など経済番組への出演、専門雑誌への寄稿を数多くこなす。評論活動だけでなく、創意あふれるビジネスモデル構築にも力を注ぐ。現在、大上海エリアに居住する台湾出身の人士は65万人とも。「両岸」交流のさらなる発展を期し、蔡為民氏の挑戦は続く。  
 
プロフィール:
蔡為民 1959年台北市に生まれる。1989年台湾地区の不動産情報誌の草分けである『衛明不動産市場』総主編に従事、不 動産メディア界の第一人者として名を知られる。2000年、上海に移住。2年間のエステ経営を経て、2003年より『上海楼市』の執筆陣に加わったのを機に、大陸の論壇にもデビュー。『第一財経』チャンネルへの出演、経済雑誌 『理財』での定期連載など活動フィールドは広い。2005年、『上海楼市―境外人士専刊』を創刊。解放日報が発表 した不動産業界「2005五大人物」に選ばれる。
 
  ● 上海きっての業界通  
 
  新参者≠ゥら一気に上海の専門家≠ノ駆け上った
「台北出身者でありながらまるで上海人のように上海に通じている、いや上海人以上に熟知している――」
「業界を鳥瞰し、鋭い観点からの論説は口才、文才ともに一級品――」
上海滞在暦わずか六年の蔡為民氏に対して、上海の地元メディアはこのような賞賛の言葉を浴びせる。現在、四六歳。戸籍は四川にあるが、元より大陸事情に通じていたわけではない。かつて大学で専攻したのは紡績工程。不動産業界とは縁がなかった。それがいまや業界きっての論客である。
解放日報は昨年、「二〇〇五年五大風雲人物」の一人として蔡氏を選んだ。もちろんその顔ぶれには蔡氏のほかに外地出身者はいない。
 
  ● 筋をとことん通す性分
 
  一見、風貌は学者風。文才に定評があるのは幼い頃より書に親しんできたことによる。  
一方で事業家としての才覚も早くから萌芽を見ていた。
大学卒業を経て蔡氏が二六歳のときである。太平洋集団の内部で、当時台湾不動産業界で初めてともいうべき専門情報誌《太聨不動産市場週報》の発刊事業に携わることになった。
これが彼にとって不動産業界との邂逅となる。数年後、今度は『衛明不動産市場週報』を創刊、名高い論客陣を集め、その刊行物は一世風靡した。
やがて台湾地区の内政部の招請を受け制定委員を歴任、「住宅人権」をテーマとした公益活動に携わった蔡氏。ここでも彼は出色した行動で世間を驚かすこととなる。
蔡氏が重視するのは、公益の確保、すなわち確かなかたちでの市場発展である。これを損なう力に対して彼は徹底して闘いを挑んだ。
八〇年代半ばから台湾地区で取りざたされた社会問題の一つに「海砂屋」がある。
海岸で採る砂を建築用材に使用するなどして造られた欠陥物件、そして建設業者による不正行為が消費者、社会にもたらす不利益について、蔡為民氏は自ら身体を張って世間に訴えた。ゴロツキ、いや「裏社会」にさえ通ずる悪徳業者が砂石を盗掘する情景の一部始終を映像に収め、幾多のメディアに向けて記者会見を行ったのだった。
 
  ●都市の理解は女性市場の考察から
 
  そんな「社会活動家」の顔も持っていた蔡氏が六年前、自身の情熱の燃焼の場を大陸に求め移住を決意した。ITバブルもはじけ、様々な面でやるせない閉塞感を感じていたからだという。
新天地の場として北京も候補に考えたが、最終的に上海を選んだのは「気候的に暖かいほうがよかったから」(蔡氏)。中でも静安区にほれこんだのは「台北でいえば大安区。文化とトレンドが交差する場所」(蔡氏)であるためという。彼の説明によれば「陸家嘴は台北に例えると信義、張家高科は内湖」となる。ちょうど徐家匯を渋谷、上海駅を上野にイメージを重ねる発想に似ているかも知れない。
上海に乗り込んで彼がまず手がけた事業は美容・エステであった。「上海の事情を理解するには上海女性を考察しなければならないと思ったから」と蔡氏はおどけながら語る。一方で全く未知の業界の空気を吸ってみたいとい う好奇心もあった。
店舗経営は二年間続いた。そしてそろそろ「都市考察」期間も終了しようという段階で転売に踏み切る。しかし、契約トラブル等もあって事態は訴訟に発展。商取引においていかに口頭の約束が無意味であるかを痛感したという。もっとも、「大陸の法律と政策を理解するうえでは良い機会だった」と蔡氏は当時を振り返る。
 
  ● 専門畑への復帰、そして有名人に
 
 
  総主編として後継指導にも力を注ぐ
自らの得意分野で再び事業をなそうと決心した蔡氏。提携協議をしようと、企画書を携えて不動産情報誌『上海楼市』(当時)のオフィスに乗り込んだ。二〇〇三年のことである。
交渉相手はこう語ったという。「提示してくれたビジネスプランには残念ながら興味はない。しかし文人としてのあなたの実績と才能はすばらしい。連載枠を用意するが如何?」  
思いがけない逆提案であった。外地出身者が上海の不動産を語る……通常であればあり得ないことである。しかし台北との比較において上海の市況を論ずるという蔡氏にしかできない手法は読者にとって関心深いものだと責任者から説得された。たとえば、「物件購入の決め手となるのは、いかなる行政区に属し、どこのエリアで、交通がどうなっているかが重要な要素であること」「台北の不動産価格は現地の住民の所得水準が決定要因となるが、上海は急激な外国人士の流入で、ローカルの人たちの所得水準で不動産価格を図ることはできない」等々の単純な道理も、地元読者にとっては新鮮な論点であった。
単なる情報媒介ではなく、物件購入の指南役として、また鋭い市場分析・考察ができる研究者・論客としての蔡氏に『上海楼市』の責任者はすぐさま食指を動かしたといえる。
蔡氏は記事連載が始まった頃の心境を次のように語っている。
「外地の出身者なのだから最初は上海の市況など分かるはずはない。しかし、読書百遍おのずから通ずるがごとく、不断に努力を続ければ見えなかったものも見えてくる。それに(外地からの参入者は)人一倍努力しなければという危機感と使命感からとことん研究考察に取り組んだ」(蔡氏)
連載企画が軌道に乗って間もなく、上海の不動産をテーマにしたイベントに講演者として招かれることとなった。当初主催者側が予定していた業界の第一人者が突如出席できず、その代役を頼まれたのである。このチャンスを彼は逃さなかった。スケジュールを急遽調整、出張先から矢のごとく勢いで上海に戻り講演を担当した。
「『上海楼市』を始め、あらゆるチャンスを頂いたことに対して感謝の念でいっぱいだ」と語る蔡氏。その後、『第一財経』チャンネルへの出演、『理財』等著名経済誌への執筆など、蔡氏のメディア露出度は日ごとに増していった。
『上海楼市』との合作は二年間続く。しかし『上海楼市・海外版』の発行を一時期共同で携わったものの、母体である『上海楼市』自体を取り巻く環境が激しく変遷、昨年五月から蔡氏は独自に『上海楼市―境外専刊』を立ち上げることとなる。
 
  ● 蔡氏流のビジネスモデル
 
  『上海楼市―境外人士専刊』は現在、内外で計一〇万部を発行、その主たる収入源は広告販売である。創刊後半年間は売上は伸びなかったが、今年に入り黒字転換しているという。
しかし、リピーター読者を確保することは決して容易なことではない。「トレンディー雑誌とは違い、物件購入が終わった時点で読者は(不動産情報誌に)興味を見せなくなる」と蔡氏は不動産情報誌の特殊性について語る。
そこで彼は様々なビジネスプランの実践を試みる。
現在、一カ月に一度のペースで読者を募ったイベントを開催している。物件訪問ツアーや無料講演会等々、数百名規模で参加者が集まることもある。広告クライアントと読者の架け橋役を演じることで広がる「人脈」、そして新たなビジネスのマッチング機会を彼は重視しているのである。
そして今年、彼が準備しているプランが二つある。一つは台湾地区への「物件見学ツアー」である。経済伸張目覚しい大陸の富裕層を台湾地区の物件購入に呼び込もうという企画である。台湾地区の人士向けに大陸物件紹介は常に行われている。ではその逆は――?
この逆転の発想から得た企画は、両岸経済の交流の更なる進展につながるだけでなく、閉塞する台湾経済への活性化にもつながると蔡氏は読む。
訪問対象となるのは阿里山・嘉興地区である。現在の故宮では展示しきれない歴史文物の新たな公開場所として開設が予定される「南故宮」、そして高速鉄道の開通で交通アクセスの飛躍的改善が見込まれるエリアである。大陸在住の台湾地区出身者のみならず、上海人、そして外国人を含む新上海人にもきっと注目してもらえる企画のはずだと蔡氏は自信を深める。
もう一つのプランはウェブビジネスの展開である。「三カ月以内に開設、年内に黒字化」と強気な発言をする蔡氏。かつて台湾地区で試しみたが、あえなく九九年のITバブル崩壊で頓挫していた構想を復活させるのだという。
 
  ● 「危機」転じて「商機」あり
 
  「上海は商機もあればリスク=危機も多いところ」と蔡氏は言う。「何が起 き得ても不思議でない」(蔡氏)。
しかし彼は悲観しない。「なにはとまれ心の状態(心態)が重要」(蔡氏)。台湾出身者でありながら、上海の不動産事情における「第一人者」としてのステージに上がった自信が、彼をさらなる挑戦へと駆り立てる。
台湾地区で果たせなかった夢を実現する場――蔡氏の両岸ビジネスに賭ける情熱は、こうしたロマンとも使命感ともいえぬ力によって支えられているのかも知れない。
(取材・文 編集部)