実は、ビジネスへの取り組み方を変えなければという機運は前年の二〇〇二年にはすでに熟していました。当時、情報、通信、デバイスなどの拠点を含めてすでに三〇数社のグループ会社が中国で活動していたのですが、実態はWait and See、すなわち「様子見」だったわけです。
これを反省し、ソリューションビジネスのニーズの高まりに応えるために、在中ビジネスの統合、すなわちFCH(Fujitsu China Holdings)の設立に踏み切り、「One Fujitsu」を実現したのです。
当時の経営層は、その後の対中ビジネス政策について、「(中国に)出るリスク、出ないリスク」「(本腰で)やるリスク、やらないリスク」といった言葉で総括したものです。