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世界流通グループ ヤオハングループ元代表
中国にかける大きな夢、新たな挑戦 |
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上海国際経営塾塾長
上海市栄誉市民 和田一夫 氏 |
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略歴
世界流通グループ、ヤオハングループ元代表である和田一夫氏は、ヤオハンジャパン倒産というどん底からカムバックし、福岡県飯塚市にてIT企業の立ち上げを実現し、日中の掛け橋となる国際ビジネスマンを育てるために和田塾を上海にてスタートさせた。塾生も現在30社を超え、若い人材を通じて日中の新しいビジネスの創造に意欲をもやしている。中国にかける大きな夢、新たな挑戦について語って頂いた。 |
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● 今振り返ってヤオハンの中国ビジネスについてどう思いますか |
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正しかったと思います。北京、上海、無錫にて大型商業施設を四店舗つくりましたが、現在どこも大変な売上、利益をあげております。まず都市計画にのっとった一等地における出店であり、立地において間違いがなかった。マーチャンダイジングもよかった。一九九五年の段階からスーパーマーケットの一〇〇〇店舗構想を掲げてチェーン展開を行っておりましたが、継続できていたとしたら凄いことになっていたろうと思います。ヤオハン側だけでなく中国側パートナーもすごく一生懸命がんばりました。ヤオハンの店舗ノウハウと中国側のローカルな経験がよくマッチしていたと思います。
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● 早くから、中国へ何故進出しようと思われたのでしょうか |
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私は一九七〇年代よりブラジルをはじめ、東南アジア各地においてインターナショナルな流通会社をつくるというオンリーワンの構想を持ち、ひとつずつ実現してきました。シンガポール、マレーシア、タイ、香港などで土、日も営業している、定価販売の近代的な百貨店、スーパーマーケットをオープンしてきたわけです。GNPが一〇〇〇ドルを超えるころから人々の購買力が高まり、近代的な店舗、良い商品、良いサービスを提供する流通業に対するニーズが強くなるということを経験してきました。
ヤオハングループの本部を香港に移したのは一九八九年で、そこから中国大陸への流通業に真剣に取り組むようになりました。それまでにアジア各地において実践してきたオンリーワン展開の経験から、中国の流通市場が中国経済の成長とともに大きく伸びるという見通しをもっていたからです。 |
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● 中国において経営塾をスタートされたと伺いましたが、その経緯を教えていただけませんか |
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私はこれまでの人生の中で大きな失敗あるいは苦境が三度ありました。火事により熱海の創業店舗を喪失、ブラジルからの撤退、そして潟сIハンジャパンの倒産です。私の人生哲学は失敗を謙虚にうけとめ反省してまたゼロからスタートする。そして成功に結びつけるべきだという信念をもっています。失敗を嘆き、下を向いた人生を歩むよりはゼロからやり直す人生を選んできました。
ヤオハンジャパン倒産後、国際経営塾を日本で開き、講演活動などを通じて自分の失敗を赤裸々にお伝えし、私の経験が経営者のお役にたてればと考えておりましたが、この講演活動を通じて一人の若い起業家に出会い、彼を中心とする二〇代の若い人と一緒に九州の飯塚市でIT会社(ソフトウエア開発)を育てあげました。昨年、この会社がグリーンシートに株式公開を果たしたのですが、それを機に若い人に会社をゆずり、念願だった中国でのビジネスに復帰することを決意しました。経営をまかせたのは、若い人のパワー、新しい発想、感性が会社の発展には必要であると思ったからです。ヤオハンももっと早い時期に若い人に経営をまかせていけばよかったと感じております。
和田塾を上海でスタートしたのは、私のこれまでのインターナショナルな経営の経験を若い人に伝えていこうとの考えからです。私も中国のビジネスの現場から離れておりましたので、逆に若い人々から学びたいという気持ちを強くもっておりました。現在は、日本人、中国人を含め三〇社を超える経営者が参加してくれております。 |
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● 若い経営者にどんなことを伝えられているのでしょうか。また、中国の経営者についてどう思われますか |
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個々の技術的なこともあるのですが、本当に重要なことは失敗を恐れない勇気をもつことです。チャレンジ精神が重要であり、この訓練を若い人はしていかなければなりません。特に中国ではスピードが大切です。日本では想像できないほどの速さで経済がすすんでおりますので、日本のスピード感覚でものごとを考えていてはダメです。昨年より様々な中国人経営者にお会いしてきましたが、その実行力、スピードには大変驚かされます。私がまだ考えることがあるのではと心配するほどの速さで実行していきます(笑)。新しい考え方、やり方を直ぐに取り入れる中国人の若い経営者に教えられることも多くあります。
今年六月からは日本語クラスだけでなく、中国語のクラスもスタートしたいと考えております。上海起業家協会と共催で優秀経営者を選び、五〇社を選別してスタート致します。今後、中国語クラスと日本語クラスを受講している経営者の交流会などを開きたいと考えており、これらの交流を通じて新しいビジネスが生まれることを期待しております。もし私がもっと若ければ現在の中国市場を前にして巨大流通チェーンをつくることができるとワクワクしているでしょう。 |
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● これまで和田塾を通じてどのように具体的ななビジネスが産まれてきましたか |
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塾生の経営している食品会社がこの経営塾での出会いを機に、ローソンにお弁当を全面的に供給するようになりました。日本の衛生技術、食品管理技術を熱心に学び、中国人にあう味、値段、安全を満たしたお弁当を製作しております。売上も五倍以上に成長しており、今後ローソンの店舗拡大とともにさらに伸びることが期待されております。また、日本のトムスというマンションのウィークリーサービス、老人看護サービスなどで急速に成長している会社は中国への進出を検討中です。
現在、塾生が行っているビジネスを日本で株式公開し、資金を集めさらに事業を拡大しようということをディーブレイン証券の社長と一緒に検討しているところです。塾生の熱意を見ると、和田塾における交流でさらに多くのビジネスが生まれてくるのではとの予感がしております。 |
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● 和田塾長が中国に復帰してきたことに対し、上海市政府関係者などをはじめとする多くのお知り合いの方からどのような受け止め方をされましたか |
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ヤオハンがお世話になっておりました当時の上海市商業委員会トップの張広生先生に和田塾の件などを報告するために浦東発展銀行(張先生は現在、董事長)にお伺いしたところ、本当に温かく迎えていただきました。張先生がすぐに連絡をされて、当時の浦東新区区長、上海市副市長であった趙啓正先生(現在、国務院新聞弁公室主任)にもお会いすることができました。お二方ともに私に抱きつくようにしてお迎えしていただき、「和田先生が元気でカムバックしてくれたことが本当にうれしい」と言ってくれました。「和田先生は有形資産を失われたかもしれませんが、私をはじめ中国の素晴らしい方々との絆という無形資産をもっています。いつでもお話しに来てください」という趙先生の言葉には心をうたれました。
まだ誰もが躊躇していたときに、ヤオハンがいち早く中国で流通事業をスタートし近代化に貢献したことや、浦東新区に何もなかったころに近代的百貨店をオープンし先鞭をつけたことに本当に感謝していただいていることを感じました。 | |
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● 今後の人生をどう考えられておりますか |
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愛する中国と愛する日本を結ぶ架け橋になりたいと思っています。『夢は必ず実現する』が私の生涯のモットーです。
第一に、中国と日本を結ぶ人材育成。
第二に、中国と日本を結ぶシンクタンクの実現。
第三に、中国アラブ石油国際集団の設立構想の実現。
この三つの夢にこれからの生涯をかけて、チャレンジしたいと思っております。 |
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● 今後の世界における中国をどうとらえておりますか |
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中国経済が日本は勿論、アメリカを追い越す時代が確実にくるのではと思います。その中で日本は規模だけを追いかけるのでなく日本でなければならないオンリーワンを発揮していかなければなません。中国、日本、アメリカが一緒に世界経済をリードする時代がきております。三ヶ国の優秀な人が集まり、切磋琢磨して世界経済を考える、そのようなシンクタンクがあってもいいのではと思います。私もこういったシンクタンクの一部でも実現したいと考えております。 |
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