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日本語通じて知った中国の姿、理想求めてつくり上げた通訳・翻訳会社
  ● 農家の五人兄弟末っ子  
 
祝廷建さん
「日系企業の人材現地化の障壁になっているのが、中日の文化・人間性の違いや言葉の壁だ。この中でいち早く改善できるのが言葉の部分。コミュニケーションとしての言葉を重視することは、事業拡大の成功に繋がる」
こう淀みない日本語で指摘するのは、上海緯度翻訳有限公司(WEDO Shanghai)董事長の祝廷建さん。一九九七年、北京緯度翻訳公司を立ち上げ、二〇〇二年に上海緯度翻訳有限公司を設立。これまで国際協力機構(JICA)や大使館からの仕事で実績を積み、多くの日系企業のビジネスをサポートしてきた。
七〇年、祝さんは四川省眉山市に農家の五人兄弟の末っ子として生まれる。高校までは学校がひけると家業を手伝う毎日だったが、苦痛に感じることはなかった。父親から「おまえ、しっかり勉強しないとこの辺鄙な農村から一生出られないぞ」と脅かされても勉強は嫌い、農作業や遊びに精を出した。
転機は一九歳だった。「外の世界を見てみたい」と強い思いに駆られた。それを実現する唯一の道が大学進学だった。一年浪人した後、四川外国語学院に合格。兄から「将来、仕事で役立つ」とアドバイスされ、専攻は日本語に決めた。
それまで祝さんにとり日本は、阿童木(鉄腕アトム)や山口百恵であり、憧れの対象だった。ところが合格を知らせに友人を訪ねた時のこと。「なんで日本語なんか勉強するの!」、友人の母親から叱られた。その時はじめて、重慶爆撃を経験した周囲の日本への厳しい目を意識した。
 
  ● 中国にカルチャーショック  
  祝さんは大学三年で、広島県立大学経営情報学科へ留学する。
渡日後の関心事は日本ではなく、専ら中国だった。日本を鏡として中国を認識し、数多の中国研究書を読み耽った。日本語を通して、農村問題など今まで漠然としていたことが分かってくる。日本に居ながら、中国にカルチャーショックを受けているようだった。中国をもっと知りたい――そうした気持ちが日本語学習の原動力だった。週末に参加するホームステイは、実地で日本語を吸収する刺激的な場となった。
しかし、悩みも抱えていた。クラスメートとのコミュニケーションがどうしても上手くいかない。唯一の外国人である祝さんに級友はみんな親切だったが、心から友達と呼び合える関係が築けなかった。言葉の壁はそう簡単に乗り越えられない。次第に「何のために生まれたのか、何のために生きるのか?」と青年期特有の悩みにも苦しめられ、孤独な日々を過ごした。
日本から帰国すると、祝さんは新天地を北京に求めた。コンサルティング会社や広告代理店に勤めるが、目先の利益しか考えない経営に嫌気が差し、どこも長続きしない。やる気はあるが、力を発揮する場がない――ある日、祝さんは同じように悩む若者ふたりと、自分たちの理想の翻訳・通訳会社を立ち上げることに決めた。社名はWEDO、英語の「We do」から採った。そこには、「我々がやる」「我々が変えるんだ」という強い意思が込められている。
 
  ● 「通訳・翻訳者は人格者」  
  「翻訳・通訳の世界に一〇〇点満点は存在しない」というのが祝さんの考えだ。会社設立当初は完璧を追求していたが、それが不可能だと知った後、ミスを可能な限り少なくし、品質を確保するための体制をつくった。  
日系企業からの翻訳の仕事は年々、複雑・専門化しており、これに対応するノウハウの確立を進める。そのひとつが用語集の作成。「案件ごとに専門用語集を作る。これにより翻訳の品質を確保できる」。  
同社は、広告、パンフレット、企業理念、シナリオなどコピーが入る翻訳を得意とするが、「今後はIT、特許、医薬の三つに特化し、専門チームで仕事を請け負って突っ込んだサービスを展開する」。具体的には、マニュアルの作成や、パンフレット、ウェブなど販促ツール製作の手伝いに注力していく。また通訳業務では、通訳だけでなく、プラスα で仕事ができる人材を、長期調査やイベントに派遣するビジネスモデルを確立する構えだ。      
※通訳・翻訳者は人格者――祝さんが大切にしている言葉である。
間もなく一〇年目を迎えるWEDO。祝さんが描く理想の企業の形が、現実のものとなりつつある。
 
  ● 上海緯度翻訳有限公司  
  上海市定西路988号銀統南楼1901室
TEL: 021-6294-6227
E-mail: wedosh@21cn.net
UTR: http://www.wedo21.com