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日本ブランドが結集するショッピングモール独創性は未開拓のビジネスに宿る |
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上海和之商業発展有限公司 布施翔総経理 |
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| 流行発信都市、上海。目抜き通りである淮海路の九八号に「日本の若者のライフスタイル」を具現化したショッピングモールがある。一階から三階までの計一万平方メートルの面積に、日本発のアパレル、雑貨、創作料理、カラオケボックスが一堂に集結している様は、さながら「リトル渋谷」。この独創的なビジネスを手がけるのは布施翔氏。日本に帰化した上海人である。 |
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● 日本留学 |
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二一年前、上海の街がまだ灰色にくすんでいたころ、海外からの旅行者がお土産を購入するメッカであった友諠商店で、販売を担当していたのが若かりし布施氏である。日本人客に接する機会の多かった同氏は日本語に興味を持った。独学が行き詰ると、父親の知り合いで、大学で日本語を教えていた先生の下へ足しげく通っては語学力を磨いた。
それから二年余りが過ぎ、周りの協力に支えられる形で、折からの夢であった留学のために日本へ渡る。
前職で日本人と頻繁に交流していたことも手伝ってか、すんなりと日本社会に溶け込めた。勉強の傍ら生活のためにアルバイトに励む。商品雑貨に知識のあった同氏は週末や夏休みなどを利用して個人貿易に手を染め始めた。雑貨、アパレルなどを輸入し、スーパーや百貨店に卸す商売は順調に拡大していった。 |
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● タイムマシンビジネス |
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布施氏の商売の才能と二国間の事情に精通する優位性に着目した友人が、「バーコード技術応用センター」ビジネスを薦めてきたのは、大学で学び始めて二年くらいたったころだった。バーコードは日本では七〇年代中期から普及が進み、小売、製造業、物流、金融などあらゆる分野で、基礎基準化技術として幅広く利用されていた。これを中国で展開してはどうか、というのだ。
早速中国に飛び、視察を開始。バーコード技術自体は既に中国にもあったが普及しておらず、この溝を埋めることに意義を感じた布施氏は、日本の業者と中国の官庁の間に入り、ビジネスを推進した。当時としては極めて異例の、留学生による会社設立を経て、バーコードの普及に尽力した。その過程で次に取り組むべきビジネスとして注目したのが「ICカード」である。
事業に軸足を移し始めた布施氏は学校を自主退学。中国に出る姿勢を明確にしていた日本の大手電機メーカーと共同で開発を進め、バーコードビジネスを通して知り合った中国の官庁に話を持って行った。しかし、ここで壁にぶつかる。「ICカード」は暗号技術と深く関わりがあるので中国へ輸出できないというのだ。一部の欧米企業が既にICカードを中国に輸出しているのを知っていた布施氏は一歩も引かず、数ヶ月の時間をかけ、データを揃え、輸出しても問題のないことを立証。関係各機関に何度も足を運び、半年後にようやく許可が下りた。江蘇省全域の企業に向けて、大手電気メーカーと共同で開発した発行・管理システムとカードを売り込んだ。結果は五五万枚のカードを納入するという、予想以上の広がりを見せた。
これらのビジネスを通して、日本の産業界の重鎮などとも交流を深め、「色々と勉強させてもらった」と当時を述懐する。 |
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● 次なる役目は日本ファッションの伝道師 |
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| 人気ブランドOLIVEの売り場、ディスプレイは日本のそれと変わらない |
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| 驚きを表す「ワッ!」と「和」を絡めた絶妙のネーミングが人目を引く |
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中国側が手付かずだった物を日本から持ってくるという方法で成功を収めた布施氏だが、現在取り組んでいるビジネスは、日本で人気のあるファッションブランドを中国、わけても流行発信都市である上海で普及させるという試みだ。貿易から始まり、これまでに培った中国ビジネスの経験をフルに生かす。
日本のアパレルブランドを非常に優れた「ソフト」である、と布施氏は位置付けている。「現実に香港地区や韓国の芸能人も日本へ服を買いに行ったりする。それは日本のアパレルが良いものだからだ。今上海で出回っている服は香港地区でアレンジした欧米のブランドが主流だが、流行に敏感でファッションにこだわりを持ち始めた上海の若者は、必ず日本のアパレルを好きになる」
布施氏は上海で新たな会社を設立し、淮海路にある金鐘広場の一階から三階部分を借入れると同時に、日本の実績あるアパレルメーカーで中国市場を開拓する意志のあるところを誘致。約五〇〇〇平方メートルの売り場に、二五のショップを開設。一部のショップには自ら出資し、本腰を入れる。すべての売り場を日本から仕入れた日本ブランドの服で埋め尽くした。ファッションモールの名前は驚きを表す「Wa!!」。加えて同ビル三階には日本でシェア二位を誇るカラオケチェーンを展開する「BMB」と組んでカラオケボックスをオープンする。言うなれば、ビルの一階から三階までそのまま「日本」を持ってくるような、大胆なコンセプトである。
他では売っていない服を数多く取り揃えており、ファッションにこだわるモデルや芸能関係者も多数訪れるという。「この間まで無名だった日本のブランドが徐々に認知されているのを感じる」と布施氏は語る。「数年もすれば日本ブランドのブームが来ると思う」
「売れるシステムをいかに作るか、いかに日本アパレルのファン層を拡大していくか」、そこに単なる不動産業にとどまらないプロデュースビジネスの醍醐味を感じるという。日本ブランドの水先案内人は先を見ている。将来的には「Wa!!」をさらに数店舗オープンさせたいと目論む。
布施氏は強調する。「本気でやろうという覚悟、確固たる意志と戦略をもって取り組めば、日本アパレルの良さは必ず中国の若者の心を捉えることでしょう」 |
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