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日本人女性の視点で漢方エステを追求夢の扉はガッツで開く |
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Sunfl ower beauty & relaxation 大里美鈴さん |
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| 恵まれた環境にありながら、あっさりとそれを手放してしまう人がいる。そういった人達は世間の尺度など気にもせず、わが道を歩く。 |
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● 華のOL生活を捨てて |
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日本で大学を卒業後、都内の大手製薬会社でOL生活をしていた彼女は、当時の生活を「旅行に、ショッピングに、グルメ三昧と、気楽で楽しかった」と振り返る。 楽しく勤めていたが、学生時代にアルバイトしていた飲食業界に引き抜かれ転職。群馬県を中心に一〇店舗ほどを展開する中小企業だった。「大手企業を辞めてまで」と言うまわりの反対を物ともしない転職ぶり だった。そこでは全てを一人でこなすため、新鮮なやりがいを感じたという。また同僚が皆若く、「将来は独立するぞ」という気概を皆が共有していたことも、後の彼女に影響を及ぼすことになる。 |
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● 上海の持つエネルギーに惚れ込んで |
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その頃、大里さんの両親は上海に駐在しており、愛娘に対し、「中国に留学でもしてみないか」とエールを送っていた。「これもいい機会かもしれない。一年くらい留学してみよう」 旅行で訪れたことはあったが、実際に生活してみると、また違った面が見える。「おもしろい!」それが実際に住み始めての印象だった。都市全体に日本には無い乱雑さがあるが、それゆえ活気があり、刺激的だ。「ここに永住したい」と、強い愛着を抱いた。 両親は愛娘と一緒に住めることを当然喜んだ。しかし、彼女は両親とは住まいを別にし、一人暮らしを選んだ。仲の良い母親と一緒ともなれば勉強そっちのけになるだろうとの理由からだった。
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● 日本女性の視点でビジネスヒントを発見 |
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ビジネスのヒントはごく身近なところからやって来た。 顔を合わすたびに母親の顔が日に日に白く、しみも無くなり肌つやも良くなってきた。不思議に思い聞いてみると「漢方エステに通いだした」とのことだった。 「こんなにも効果があるものなのか!」 漢方というものに対しては半信半疑だった大里さんだが、目の前でこれほどの効果を見てしまえば、信じざるを得ない。母親の友人たちもその効果に驚き、皆が競い合うように通いだした。ただ、聞こえてくる喜びの言葉に混じり「効果は抜群だけどサービスがいまいち」という不満もあった。 「それなら、私がその技術を身につけた上で日本式の最高のサービスを提供すればもっと喜ばれるのでは・・・」 |
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● 持ち前のガッツを頼りに前進あるのみ |
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「行動的だけどとてつもなくせっかち」という自己分析をする彼女は、翌日に母親の通う漢方エステ店に押しかけ修行をさせてくれと頼み込んだ。先方にとっては思わぬ弟子入り志望者だったろうが、情熱が通じたのか快く引き受けてくれた。 大学を卒業と同時にエステ修行が始まった。特殊な漢方の調合やエステの技術を覚えるのは簡単ではない。平行して、エステ業界の講習会に参加したり、数千社からなる化粧品会社を選定したりもした。技術習得と同時に彼女はテナントを探し始める。資金もあまりないため、コンサルタントを通さず自力で仲介業者を訪ね歩く。そうこうするうちに南京西路に物件を見つけ、契約。内装を済ませ、スタッフを揃え教育もした。弟子入りから半年、いよいよ開店である。 |
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● 大成功? 道は険し |
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開店に先駆け、日系タウン誌に広告を載せたのだが、これが功を奏した。広告内容は「OPEN記念、初回割引五〇%オフ!」
開店当日から電話は鳴り続け、一月目の来店者はかなりのものだった。出だし好調!このままいけば大成功だと思った。後に分かることだが、駐在員の奥様を中心としたいわゆる「タイタイ」達の消費行動には特徴があり、エステに関しては、お気に入りのお店を見つけてそこに通うというものではなく、タウン誌と口コミを頼りに割引サービス中のお店を回るというものだった。思ったほどにはリピーターになるお客は少なかった。漢方美白コースは一五日間の施術が必要、その上まだ実績がないから客は半信半疑で、初回の客が選ぶのはみな決まって単発で試せるアロマコースばかりだった。 |
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● 立ちはだかる困難にもめげず |
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| スタッフ教育には意外と苦労を感じないと言う |
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| 慣れた手つきは流れるかのよう |
半額サービスを終えた二ヶ月目からは客足も途絶え始めた。それともう一つ予期しない出来事が起こる。下りると思っていた営業許可が下りないのだ。正式な商業用物件でないため、営業活動はできないというのがその理由であった。内装も完璧に仕上げただけに悔やまれる。許可なく営業を続けるのは違法行為であり、いくら中国ではそれもありだと言われても、それでは心も晴れない。新しいテナントを探さなければいけないが、そんな時間は無い。結局、店が終わった夜の八時からテナントを探す日々が始まった。心配する両親には「資金も出さなくていいから、口も出さないで!」と釘を刺した。 努力が実り人民公園から徒歩五分という好立地のホテルの中にテナントを見つけた。内装を済ませ、移転営業を始める。今度は営業許可もすんなり下りた。開店からほぼずっと赤字だったお店も、徐々に口コミでファンが増えており、最近やっと軌道に乗り始めたところだ。
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● 一流のサービスを確立するまでは |
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現在では二号店を共同で出さないか、日本でもやらないか、などの誘いの話も来るようになった。しかし当の本人は「まだまだ早い」と自分を戒める。「それより先にすることがある。もっとこのお店を皆さんに知ってもらって、喜んでもらいたい。当初よりの目標である良質のサービスを続けるためにも管理が大事であり、二号店はまだ早い」 |
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