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設計技師転じ渡航するも辛酸 日本の味を守るため再起果たす
とんかつ浜ちゃん
浜崎雅彦 オーナー
● 「城」は地味な横丁の一角に
「玄人はだし」なのでなく正真正銘の玄人。肉を切る手に力が入る
浜ちゃん−−、一フロアのみ、厨房を含めて総面積で四五平方メートルのこじんまりした店だが、これがいま、七転び八起きのシャンハイライフを経た、浜崎雅彦さんの「城」である。
表の看板に中国語の表記は一切ない。大書した「とんかつ」の字が目に入る。清潔感あふれる店内はシックな色調でまとめ上げられている。日本人向けの食べ物屋として、とりわけトイレには凝った。内装にかけた一〇万元を含め、創業のコストは計三〇万元かかったが、それ以前の「うす汚れた中華料理屋」は一変した。
今年二月に開店して、すでに一〇ヵ月。とんかつ専門店だから、午前中から昼食の仕込みに入り、客が引けた後、一休みののち、また夜の営業に備える。作り置きなどできないからだ。膠州路という一等地とも呼べない立地の不利さはあるが、日が暮れれば表に席待ちの客が出るほどのにぎわいとなる。
● 本格的な料理修行経て開業
白衣姿が板につき、年季が入って見えるが、この浜崎さんはもともと調理人ではない。
かつて一九九五年まで、東京で原子力プラント施設の空調における設計技師を二〇年務めていた。実にお堅い仕事ではあるが、設計部門のトップとして、バブルのころは、客先の接待などで連日のように超一流の料亭やフランス料理のレストランを渡り歩く、グルメ三昧(まい)の生活を送っていた。
もともと食べることが大好きで、いかは脱サラして好きな食べ物屋を自らやってやろう、サラリーマンで終わることなどないと決めていたから、グルメといっても、店から味や作り方を盗もうとするぐらいの、かなり積極的な姿勢で臨んでいたようだ。
かといって、味は自己流でない。退職後、調理や喫茶を教える学校に通い、店の厨房に立ってとことん実技指導も受けた修行時代がある。脱サラにまちがいはないが、けっして中途半端なものではない。
● 甘いも酸いもとことん経験
すっきりした色調の店舗内。夜になれば満席となる
上海滞在歴はすでに九年になる。とんかつ屋を開く以前は、この同じ上海の徐家匯で、二〇〇一年からやはり本格的な洋食レストランを開いていた。そして、それ以前、つまり上海に渡って間もない当座の九六年、ホテルの施設の一部を借りて、当時はまだ少な かっ和風スナックの経営に手を染めた。
しかし、この二店舗とも、実は続いて失敗の憂き目に遭い、泣く泣く人手に渡してしまっている。失敗といっても、レストランは大家であるビル側との紛争がこじれ、大掛かりな詐欺まがいの被害に遭って大損。最初のスナックはといえば、渡航前に国際結婚し、信じていた妻に店ごと乗っ取られてしまったのである。
前後詳細にわたっての説明は省くが、いずれの経営も苦労の末、黒字転換にこぎつけていた。「わたしも少し甘かった」と振り返る浜崎さんにとっては、不可抗力以外の何者でもない。
● 実直な経営支えるファンの輪
ふたつの事件で、日本から携えてきた数千万円の資金は底をつき、裸一貫になってしまった浜崎さん。いやがおうにも中国社会を熟知する羽目に陥った。だが、彼は失意のうちに一度日本に帰国しながら、上海に舞い戻り、ついに再起を果たした。
いまの繁盛を見ても分かるように、リピーターがリピーターを呼ぶ。これまでの味を大切にする、ごくごく実直な経営を知るファンは少なくない。新しい店も、浜崎さんを熱心に支援する日中両国の知人がサポートして、開店にこぎつけた。
このままうまく続けば、ゆくゆくは日本にも店を持ちたいという。なるほど、かなりの意欲ですねと聞いたら、「実はひどい花粉症なので」との答。もし、行ったり来たりの生活が実現したとしても、味は守り続けると強調した。
日本の味を出すには、日本人が前面に出てこそ、はじめて成り立つ。「場所はいいわけである」。辛酸をなめた浜崎さんだからこそ言える、凄(すご)みのある文句である。
● 《とんかつ浜ちゃん》連絡先
上海市静安区膠州路176号
電話(店) 21-62568674
※ 年中無休
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