ビジネス特集
存在感と使命増す「留日組」 連携を期した動きが活発に


上)留日同学会の創設者のひとりである同済大学の陳惠興教授。改革開放後の国費留学の第一陣として留日経験をもつ
下)留日同学会の現会長である束c教授(同済大学)。中国では地下空間利用、都市開発の領域の第一人者
日本留学者はこれまで中国、そして中日関係にどのような役割を果たしてきたのだろうか。どんな使命感をもって日本へと渡り、いかに活躍の舞台を追い求めたのか。中国人の日本留学の歩みについて触れつつ、日本留学者のネットワーク「留日同学会」の沿革について紹介する。
盛衰繰り返した「留日ブーム」
日本から中国への"留学生"の歴史、それは隋唐時代に遡る。彼らは多くの文明・文化を祖国へと持ち帰った。一方、中国から日本への留学という現象はあくまで近代になってのことだ。
しかし、その起源が112年前の 1896年、当時の清国政府による派遣だったという事実はあまり知られていないのではないか。このスパンで留学史を見たとき、日本留学経験者は時として中国の近代史を推し進める牽引役として、時として中日両国の確かな絆を築くために「架け橋」役として尽力してきたことがわかる。時代に翻弄され日本留学はブームと衰退期を何度も繰り返しながら、魯迅、秋瑾、周恩来、郭沫若といった堂々たる人物が歴史に名を刻んでいく。
時は下り1972年の国交回復以降に話は及ぶ。80年代になって、日本留学は再び大きな潮流となる。その背景には改革開放政策の影響が大きく、あくまで「公派」(公費留学)を原則とし、日本への渡航も先進科学技術や企業管理を学び、その知識を中国の「現代化」に注ぐことが留学の目的とされた。したがって、留学生の主流は大学や政府関係者などによって占められていた。
一方、日本では1983年、中曽根康弘・首相(当時)が「留学生10万人計画」を唱える。日本政府から奨学金支給などの制度が整備され、この恩恵に預かる留学生も少なくなかった。
この改革開放初期の時代を中国からの日本留学ブームの第一段階とすれば、留学形態が「公派」に限らず多元化していった90年代は、第二のフェーズとして位置づけられよう。この時代になると出国ブームが加熱、日本への就学・留学は欧米諸国に比べアクセス面で至便なことから、手ごろな渡航先として家族ほか周囲からの支持も得やすかった。しかし、当時の為替格差などを背景に、留学というのは名ばかりで、「労働輸出」と揶揄される側面も一方では見られた。
その前兆は80年代後半からあった。留学生にとって最初の窓口となる日本語学校の市場が混乱していたのも原因のひとつだ。ろくに教育環境も整備しないまま、いたずらに留学生を受け入れ、当時のバブル経済の勢いを背景に、建築会社やファーストフード企業への人手供給が目的と疑われるような日本語学校の設立もあったといわれている。
盛衰繰り返した「留日ブーム」
日本から中国への"留学生"の歴史、それは隋唐時代に遡る。彼らは多くの文明・文化を祖国へと持ち帰った。一方、中国から日本への留学という現象はあくまで近代になってのことだ。
しかし、その起源が112年前の 1896年、当時の清国政府による派遣だったという事実はあまり知られていないのではないか。このスパンで留学史を見たとき、日本留学経験者は時として中国の近代史を推し進める牽引役として、時として中日両国の確かな絆を築くために「架け橋」役として尽力してきたことがわかる。時代に翻弄され日本留学はブームと衰退期を何度も繰り返しながら、魯迅、秋瑾、周恩来、郭沫若といった堂々たる人物が歴史に名を刻んでいく。
時は下り1972年の国交回復以降に話は及ぶ。80年代になって、日本留学は再び大きな潮流となる。その背景には改革開放政策の影響が大きく、あくまで「公派」(公費留学)を原則とし、日本への渡航も先進科学技術や企業管理を学び、その知識を中国の「現代化」に注ぐことが留学の目的とされた。したがって、留学生の主流は大学や政府関係者などによって占められていた。
一方、日本では1983年、中曽根康弘・首相(当時)が「留学生10万人計画」を唱える。日本政府から奨学金支給などの制度が整備され、この恩恵に預かる留学生も少なくなかった。
この改革開放初期の時代を中国からの日本留学ブームの第一段階とすれば、留学形態が「公派」に限らず多元化していった90年代は、第二のフェーズとして位置づけられよう。この時代になると出国ブームが加熱、日本への就学・留学は欧米諸国に比べアクセス面で至便なことから、手ごろな渡航先として家族ほか周囲からの支持も得やすかった。しかし、当時の為替格差などを背景に、留学というのは名ばかりで、「労働輸出」と揶揄される側面も一方では見られた。
その前兆は80年代後半からあった。留学生にとって最初の窓口となる日本語学校の市場が混乱していたのも原因のひとつだ。ろくに教育環境も整備しないまま、いたずらに留学生を受け入れ、当時のバブル経済の勢いを背景に、建築会社やファーストフード企業への人手供給が目的と疑われるような日本語学校の設立もあったといわれている。

昨年11 月19 日、「上海/ 日本『経営者交流会』(China Action Planning Seminar 2007)」が開催、現地の経営者と留日同学会の親睦を地方銀行6 行がバックアップ、約300人が参加した。留日同学会は日本商工クラブなどとも頻繁に意見交換、イベントにも提携している。壇上左が留日同学会の束c会長
移り変わる中国人留学生像
こうした情況は、『東京にいる上海人』(『上海人在東京』(樊祥達著、1992年作家出版社) でも描かれている。陳道明主演、風間杜夫や高橋恵子、山本未来らの共演で 95年にはドラマ化もされた作品だ。あくまでもフィクションではあるが、原作者にとってモチーフとなったのは 80年代後半から始まった中国側の出国熱の高まりと中国人留学生急増による日本側の混乱であったことが想像できる。悪質な日本語学校の存在や、後からやって来る同胞を食い物にするといった描写が印象深い。
一方、ドキュメンタリー作品も現れた。1999年秋から2000年春にかけてCCTVで放送され高い視聴率を記録した《我們的留学生活――在日本的日子》(日本名『私たちの留学生活〜日本での日々』)である。企画・制作を担当したのは、CCTV、香港無線電視台(TVB)の番組をCSスカイパーフェクTV !を通じて放送する株式会社 大富(http://www.cctvdf.com/j)の社長、張麗玲氏である。悪環境下で必死に奮闘しながら、目標達成のために生きる中国人留学生のありのままの姿を追跡、あるがまま撮影した作品は、一部日本でも放送され、大きな反響を読んだ。一時期、描写の真偽をめぐって訴訟に至る事態にも直面したが、01年、在日華人として初めて放送文化基金賞受賞という栄誉によって彼女の労苦は報われている。
しかし、張氏が描いた苦学生の"奮闘史"はもはや過去のものといえるかも知れない。中国の急速な経済伸張によって、日本留学は一概に「発展途上国から先進国へ」という図式でとらえることもできなくなった。改革開放以後の日本留学の潮流はいま第3のフェーズに入り、豊かさを背景とした中国人が、さまざまなバックグラウンドをもって、多岐多彩な方法とルートで日本に渡り始める時代に入ってきたといえる。
ところで、日本政府は昨年5月に「2025年留学生 35 万人」という計画を打ち出した。少子化によって減少する学生の単なる穴埋めとして35万人という数字を持ち出しているとすれば安易な考えであるが、数値目標達成のために「中国市場」に期待する声は大きいはずだ。ビザ発給の制限などの影響を受けて、総数は前年比より減少したといえ、華人留学生は大陸と台湾地区を合わせれば日本の留学生全体の65%を占める(下図参照)。その比率は今後下がることがあっても総数の上乗せをねらいたいのが日本の教育機関側の本音ではないか。
こうした情況は、『東京にいる上海人』(『上海人在東京』(樊祥達著、1992年作家出版社) でも描かれている。陳道明主演、風間杜夫や高橋恵子、山本未来らの共演で 95年にはドラマ化もされた作品だ。あくまでもフィクションではあるが、原作者にとってモチーフとなったのは 80年代後半から始まった中国側の出国熱の高まりと中国人留学生急増による日本側の混乱であったことが想像できる。悪質な日本語学校の存在や、後からやって来る同胞を食い物にするといった描写が印象深い。
一方、ドキュメンタリー作品も現れた。1999年秋から2000年春にかけてCCTVで放送され高い視聴率を記録した《我們的留学生活――在日本的日子》(日本名『私たちの留学生活〜日本での日々』)である。企画・制作を担当したのは、CCTV、香港無線電視台(TVB)の番組をCSスカイパーフェクTV !を通じて放送する株式会社 大富(http://www.cctvdf.com/j)の社長、張麗玲氏である。悪環境下で必死に奮闘しながら、目標達成のために生きる中国人留学生のありのままの姿を追跡、あるがまま撮影した作品は、一部日本でも放送され、大きな反響を読んだ。一時期、描写の真偽をめぐって訴訟に至る事態にも直面したが、01年、在日華人として初めて放送文化基金賞受賞という栄誉によって彼女の労苦は報われている。
しかし、張氏が描いた苦学生の"奮闘史"はもはや過去のものといえるかも知れない。中国の急速な経済伸張によって、日本留学は一概に「発展途上国から先進国へ」という図式でとらえることもできなくなった。改革開放以後の日本留学の潮流はいま第3のフェーズに入り、豊かさを背景とした中国人が、さまざまなバックグラウンドをもって、多岐多彩な方法とルートで日本に渡り始める時代に入ってきたといえる。
ところで、日本政府は昨年5月に「2025年留学生 35 万人」という計画を打ち出した。少子化によって減少する学生の単なる穴埋めとして35万人という数字を持ち出しているとすれば安易な考えであるが、数値目標達成のために「中国市場」に期待する声は大きいはずだ。ビザ発給の制限などの影響を受けて、総数は前年比より減少したといえ、華人留学生は大陸と台湾地区を合わせれば日本の留学生全体の65%を占める(下図参照)。その比率は今後下がることがあっても総数の上乗せをねらいたいのが日本の教育機関側の本音ではないか。
「留日」を絆にした連携
海外帰来者を意味する中国語に「海亀(HaiGui)」がある。海亀は、卵からかえり大海に泳ぎだし、やがて成長した後、生まれた海岸へ戻ってくる。海外留学からの帰国者をそんな海亀の習性になぞらえて、いつしかこの言葉は一般的なものとなった。「海帰」と「海亀」が同じ発音(Haigui)であり、二つの言葉をもじっている面もある。
この「海亀」という言葉、当初は海外留学経験者への羨望や敬意というニュアンスが強かった。しかし、留学形態の多様化とともに近年、変化が見られはじめている。海外に留学したものの帰国しても職はなし、就職浪人と相成った「海帯」(「昆布」の意味。失業者を指す「待(Dai)業」の発音をもじり、「海外帰来の失業者」という皮肉)の存在も目立ってきたからだ。
こうした「質」の低下を懸念する声がある一方、日本で勉強した元留学生たちが互いに連携と協力をしあい、大きな役割を果たすべく絆を強めている動きがある。
上海留日同学会(http://www.sjrsa.cn)もその代表的な組織の一つだ。同会は、「留日経験」をひとつの絆としたネットワークを築き、母国社会での留学生や元留学生の地位向上を図ることなどを目的に結成された「日本留学」同窓会組織で、現在700名もの会員を有する。会員は日本語堪能な学士・修士・博士号取得者ばかりであり、医療、経済、文化、都市開発など8つの分会を通じて、日本政府や上海日本商工クラブとの連携も強めている。
「一皿の砂」であるなかれ――本特集では、そんな気概と使命感を持って日本と中国の架け橋を演ずる「留日人士」たちを紹介する。
海外帰来者を意味する中国語に「海亀(HaiGui)」がある。海亀は、卵からかえり大海に泳ぎだし、やがて成長した後、生まれた海岸へ戻ってくる。海外留学からの帰国者をそんな海亀の習性になぞらえて、いつしかこの言葉は一般的なものとなった。「海帰」と「海亀」が同じ発音(Haigui)であり、二つの言葉をもじっている面もある。
この「海亀」という言葉、当初は海外留学経験者への羨望や敬意というニュアンスが強かった。しかし、留学形態の多様化とともに近年、変化が見られはじめている。海外に留学したものの帰国しても職はなし、就職浪人と相成った「海帯」(「昆布」の意味。失業者を指す「待(Dai)業」の発音をもじり、「海外帰来の失業者」という皮肉)の存在も目立ってきたからだ。
こうした「質」の低下を懸念する声がある一方、日本で勉強した元留学生たちが互いに連携と協力をしあい、大きな役割を果たすべく絆を強めている動きがある。
上海留日同学会(http://www.sjrsa.cn)もその代表的な組織の一つだ。同会は、「留日経験」をひとつの絆としたネットワークを築き、母国社会での留学生や元留学生の地位向上を図ることなどを目的に結成された「日本留学」同窓会組織で、現在700名もの会員を有する。会員は日本語堪能な学士・修士・博士号取得者ばかりであり、医療、経済、文化、都市開発など8つの分会を通じて、日本政府や上海日本商工クラブとの連携も強めている。
「一皿の砂」であるなかれ――本特集では、そんな気概と使命感を持って日本と中国の架け橋を演ずる「留日人士」たちを紹介する。
| 国・地域 | 人数 | 増減 |
|---|---|---|
| 中国 | 71,277 | ( ▲ 3,015( ▲ 4.1% ) 減) |
| 韓国 | 17,274 | (1,300(8.1%)増) |
| 台湾 | 4,686 | ( 475(11.3%)増) |
| ベトナム | 2,582 | (463(21.8%)増) |
| マレーシア | 2,146 | (▲ 10(▲ 0.5%)減) |
注1)日本の留学生受入れの概況
平成19年(2007年)5 月1 日現在の留学生数は118,498 人で、 うち短期留学生数 8,368 人(945 人(12.7%)増)で過去最高。そのほか大学院 31,592 人( 682 人(2.2%)増)、大学(学部)・短大・高専 62,159 人( ▲ 1,278 人(▲ 2.0%)減)、専修学校(専門課程)22,399 人( 837 人(3.9%)増)、準備教育課程 2,348 人( 330 人(16.4%)増)となっている。
注2)中国からの海外留学
中国教育部の発表によれば、2006年度海外留学に赴いた総数は13.4 万人、その内訳は公費派遣 5580 人、企業派遣7542 人、自費留学12.1 万人。また、帰国総数は4.2 万人(公費派遣3716 人, 企業派遣5267 人, 自費留学3.3 万人)となっている。
留日同学会からのお知らせ2008年は「中日友好条約」締結30周年にあたります。上海留日同学会では、上海にて記念行事の実施を計画しています。開催に際しましては、全国各地の留日同学会の参加を呼び掛けさせて頂きますので、その旨、「同学」の間でも情報交換をしていただければ幸いです。
留日同学会
[住所] 上海市楊浦区控江路1688 号衛百辛大厦1903室
[電話] 021-5115-7290(月・水・金・午後) / 135-0180-9855
[URL] http://www.sjrsa.cn
[E-mail] kosin35@gmail.com(秘書長 顧莘= コシン)
ビジネス特集 08年2月号一覧
情報提供:
Whenever CHINA 08年2月号
Whenever CHINA 08年2月号2008/3/10 更新









