ビジネス特集
シュークリームを根付かす "中国発"にも挑戦
蘇悦氏(麦之穂(上海)食品有限公司・総経理)
蘇悦氏(麦之穂(上海)食品有限公司・総経理)

「ビアードパパ」はまだまだ成長できると確信する蘇悦氏
シュークリームのチェーン店「ビアードパパ」を中国で展開する麦之穂(上海)食品有限公司の舵取り役が蘇悦氏だ。中国で未知だった「スイーツ専門店」は消費者の支持を得、行列のできるお店になっている。 「今後は"中国発"にも挑戦したい」と蘇氏は意欲を見せる。
西湖湖畔で育つ
「上有天堂、下有蘇杭」と古人に歌われた杭州の景勝地、西湖湖畔で、蘇悦氏は育った。少年時代は野山を駆け回る野生児だったという。
「湖では釣りや水泳、山に入れば自生する野菜や果物を採り、花摘みもした。自転車で10分の街に行くことを"冒険"と称していた。毎日遊んでばかりで、勉強は余りしなかった」
「ひとと違う道を歩みたい」――そう考えた蘇氏は、高校3年で留学を決める。留学先は両親の日本人の友人を頼り、日本を選ぶ。
92年、京都の語学学校で日本語の勉強を開始。わずか10カ月で大学進学の条件である日本語試験をクリアーし、ある地方の国立大学に入学する。「これから思う存分勉強ができる」と胸を膨らました蘇氏だったが、期待は裏切られた。大学の学生は遊んでばかりで、勉強に集中できる環境ではなかった。
学内で肩を落とした蘇氏の姿を見かねたのだろう。ゼミの教授は蘇氏に京都大学大学院を推薦する。
大学卒業後、京都大学大学院電子電気学科に入学。「大学院の2年間はバイトも辞め、勉強に集中した。大学には学問を追究する熱気が溢れ、その一員に加わっていることに誇りすら感じた」と蘇氏は振り返る。
西湖湖畔で育つ
「上有天堂、下有蘇杭」と古人に歌われた杭州の景勝地、西湖湖畔で、蘇悦氏は育った。少年時代は野山を駆け回る野生児だったという。
「湖では釣りや水泳、山に入れば自生する野菜や果物を採り、花摘みもした。自転車で10分の街に行くことを"冒険"と称していた。毎日遊んでばかりで、勉強は余りしなかった」
「ひとと違う道を歩みたい」――そう考えた蘇氏は、高校3年で留学を決める。留学先は両親の日本人の友人を頼り、日本を選ぶ。
92年、京都の語学学校で日本語の勉強を開始。わずか10カ月で大学進学の条件である日本語試験をクリアーし、ある地方の国立大学に入学する。「これから思う存分勉強ができる」と胸を膨らました蘇氏だったが、期待は裏切られた。大学の学生は遊んでばかりで、勉強に集中できる環境ではなかった。
学内で肩を落とした蘇氏の姿を見かねたのだろう。ゼミの教授は蘇氏に京都大学大学院を推薦する。
大学卒業後、京都大学大学院電子電気学科に入学。「大学院の2年間はバイトも辞め、勉強に集中した。大学には学問を追究する熱気が溢れ、その一員に加わっていることに誇りすら感じた」と蘇氏は振り返る。
中国進出の責任者に
99年大学院を卒業すると、日本で投資銀行に入行。「投資」を仕事に選んだ理由は、ズバリおカネだ。大学院時代、ビザ更新時に40万円の残高証明を求められたが蓄えがなく、知人・親戚から借り受けなければならなかった。「おカネがないことで、ひとの将来は簡単に変わる。博士課程へ進むことも考えていたのだが…。とにかくカネになりそうな仕事に就きたかった」という。
同行では為替投資のトレーダーを務めた。その傍ら "サイドビジネス"として、有望な企業に中国進出を提案して回った。そのひとつが、シュークリーム専門店「ビアードパパ」をチェーン展開する麦の穂だった。蘇氏の提案を機に同社は進出を計画、中国ビジネスの責任者として蘇氏に白羽の矢を立てた。入行から4年目、マーケットメーカーとして油の乗り出していた蘇氏はさんざん迷ったが転身を決意する。
99年大学院を卒業すると、日本で投資銀行に入行。「投資」を仕事に選んだ理由は、ズバリおカネだ。大学院時代、ビザ更新時に40万円の残高証明を求められたが蓄えがなく、知人・親戚から借り受けなければならなかった。「おカネがないことで、ひとの将来は簡単に変わる。博士課程へ進むことも考えていたのだが…。とにかくカネになりそうな仕事に就きたかった」という。
同行では為替投資のトレーダーを務めた。その傍ら "サイドビジネス"として、有望な企業に中国進出を提案して回った。そのひとつが、シュークリーム専門店「ビアードパパ」をチェーン展開する麦の穂だった。蘇氏の提案を機に同社は進出を計画、中国ビジネスの責任者として蘇氏に白羽の矢を立てた。入行から4年目、マーケットメーカーとして油の乗り出していた蘇氏はさんざん迷ったが転身を決意する。

行列のできるお店、ビアードパパ。07年末で合計41店舗を中国全土に出店
行列のできるお店続出
2003年8月、麦之穂(上海)食品有限公司が設立。当時、シュークリームは中国でほとんど認知されていなかった。蘇氏の周りでは「スイーツ専門店」に誰もが懐疑的だった。
「1号店は日本のお店をコピーし、失敗した。ターゲット層が明確でないまま、スーパーに出店してしまった」
試行錯誤の末、顧客ターゲットをニューリッチ層に、出店ロケーションをデパートとショッピングモールに絞ってから、「ビアードパパ」の集客力が高まり始めた。口コミによる宣伝効果で、日本と同様の行列のできるお店が続出するようになる。この4年半、毎年8店舗から11店舗を出店、07年末で合計41店舗となっている。チェーン網は上海を中心に北京、広州、成都など全国の主要都市に広がっている。
経済発展により、「ビアードパパ」のターゲット層は拡大を続ける。「まだまだ成長できる」と確信する蘇氏。「いまの上昇気流に胡坐をかくつもりはない。"中国発"にも挑戦する。現在、一般大衆向けの商品を開発中。冷凍可能で、スーパーで拡販していくつもり」と活き活きとした表情で語っている。
2003年8月、麦之穂(上海)食品有限公司が設立。当時、シュークリームは中国でほとんど認知されていなかった。蘇氏の周りでは「スイーツ専門店」に誰もが懐疑的だった。
「1号店は日本のお店をコピーし、失敗した。ターゲット層が明確でないまま、スーパーに出店してしまった」
試行錯誤の末、顧客ターゲットをニューリッチ層に、出店ロケーションをデパートとショッピングモールに絞ってから、「ビアードパパ」の集客力が高まり始めた。口コミによる宣伝効果で、日本と同様の行列のできるお店が続出するようになる。この4年半、毎年8店舗から11店舗を出店、07年末で合計41店舗となっている。チェーン網は上海を中心に北京、広州、成都など全国の主要都市に広がっている。
経済発展により、「ビアードパパ」のターゲット層は拡大を続ける。「まだまだ成長できる」と確信する蘇氏。「いまの上昇気流に胡坐をかくつもりはない。"中国発"にも挑戦する。現在、一般大衆向けの商品を開発中。冷凍可能で、スーパーで拡販していくつもり」と活き活きとした表情で語っている。
ビジネス特集 08年2月号一覧
情報提供:
Whenever CHINA 08年2月号
Whenever CHINA 08年2月号2008/3/10 更新









