ビジネス特集
日系企業に会計サービス 「在日初」税理士の知力傾注
周晨氏(上海捷凱財務諮詢有限公司・董事長総経理)
周晨氏(上海捷凱財務諮詢有限公司・董事長総経理)

「"橋渡し"できたときの充実感は何物にも変えがたい」と語る周晨氏
日系企業に向けて会計業務をサポートする上海捷凱財務諮詢有限公司。同社を先導するのが、在日中国人で税理士資格取得第一号という才媛、周晨氏だ。日本で会計事務所を成功させると、上海に"進出"。近年は中日を跨ぐ多彩な業務を手がけ、"架け橋役"を実感する毎日だ。
日本の税制に感銘受ける
周晨氏は、上海の名門会計短大、立信会計高等専科学校を卒業後、地元のアパレル関係の貿易会社に就職、会計部でコンピュータシステム構築を担当した。「改革開放のなか、今後中国経済が発展していく。そのとき、会計がより重要になっていくる」と考えた周氏は、 1988年日本留学を決心する。
「日本の大学院に進んで会計の能力により磨きをかける。そして博士号を取った後、中国に戻って大学で教えたい」――これが周氏の留学当初の夢だったが、留学生活のなかで針路変更していく。きっかけは大学院の恩師から紹介を受けた会計事務所のアルバイトだった。
「仕事を通じ、幅広い業種のひとと出会える税理士という仕事に魅力を感じた。また、日本の税制度に感銘を受けた。特に青色申告制度には感心し、日本で税理士をやってみたいと考えるようになった」
日本で経済学、法学のダブルマスターを修めた周氏は 96年、在日中国人で初めて税理士資格を取得し、アルバイト先だった会計事務所に勤務することになった。
日本の税制に感銘受ける
周晨氏は、上海の名門会計短大、立信会計高等専科学校を卒業後、地元のアパレル関係の貿易会社に就職、会計部でコンピュータシステム構築を担当した。「改革開放のなか、今後中国経済が発展していく。そのとき、会計がより重要になっていくる」と考えた周氏は、 1988年日本留学を決心する。
「日本の大学院に進んで会計の能力により磨きをかける。そして博士号を取った後、中国に戻って大学で教えたい」――これが周氏の留学当初の夢だったが、留学生活のなかで針路変更していく。きっかけは大学院の恩師から紹介を受けた会計事務所のアルバイトだった。
「仕事を通じ、幅広い業種のひとと出会える税理士という仕事に魅力を感じた。また、日本の税制度に感銘を受けた。特に青色申告制度には感心し、日本で税理士をやってみたいと考えるようになった」
日本で経済学、法学のダブルマスターを修めた周氏は 96年、在日中国人で初めて税理士資格を取得し、アルバイト先だった会計事務所に勤務することになった。
日本で起業し、上海に"凱旋"
当時、中国では"留日ブーム"といえる状況で、日本にはたくさんの中国留学生がいた。しかし、彼らがいざ卒業して就職しようとしても、それは容易なことではなかった。そんな留学生たちが選んだのが起業の道。彼らが日本で設立した企業数は 2,000、3,000社ともいわれる。
「その一割の200社でも十分な顧客数になる」――こう友人からアドバイスを受け、 99年周氏は独立を決意、日中コンピュータ会計事務所を設立した。周氏は、中国でコンピュータシステム構築を経験し、日本で勤務した会計事務所でもシステム構築の任に当たったほどのIT通。会社名には、コンピュータ、ITの知識が豊富な会計事務所という意味を込めた。
日本での仕事を軌道に乗せた周氏は、以前の勤務先で、日中コンピュータ会計事務所の提携先である会計事務所から、「顧客の中国進出の受け皿になってくれないか」と背中を押された。日本での仕事が多忙を極めていたなか、周氏は迷ったが、より多くのチャンスを求め、結局"凱旋"を選ぶ。2002年、上海捷凱財務諮詢有限公司(上海 JCCA)を設立した。
当時、中国では"留日ブーム"といえる状況で、日本にはたくさんの中国留学生がいた。しかし、彼らがいざ卒業して就職しようとしても、それは容易なことではなかった。そんな留学生たちが選んだのが起業の道。彼らが日本で設立した企業数は 2,000、3,000社ともいわれる。
「その一割の200社でも十分な顧客数になる」――こう友人からアドバイスを受け、 99年周氏は独立を決意、日中コンピュータ会計事務所を設立した。周氏は、中国でコンピュータシステム構築を経験し、日本で勤務した会計事務所でもシステム構築の任に当たったほどのIT通。会社名には、コンピュータ、ITの知識が豊富な会計事務所という意味を込めた。
日本での仕事を軌道に乗せた周氏は、以前の勤務先で、日中コンピュータ会計事務所の提携先である会計事務所から、「顧客の中国進出の受け皿になってくれないか」と背中を押された。日本での仕事が多忙を極めていたなか、周氏は迷ったが、より多くのチャンスを求め、結局"凱旋"を選ぶ。2002年、上海捷凱財務諮詢有限公司(上海 JCCA)を設立した。

日本で会計事務所を成功させた後、上海に上海JCCA を設立させた
"中日の架け橋役"を自認
上海JCCAは当初、4,000以上あった日系企業の上海駐在員事務所を顧客ターゲットに絞った。少人数ですべての業務をこなさなければならない事務所に、きめ細かいサポートを提供し、好評を得る。日本ベースで仕事をしていたが、次第に上海JCCAの業務が増え、ここ1、2年で中国業務が主軸となった。
主要な顧客層は従来の駐在員事務所から現地法人へとシフト。手がける業務も企業財務・会計業務から中国投資コンサルティングまで多様化してきている。
「昨年から企業所得税法、労働契約法、J -SOX法関連の相談を受け、中日に跨る業務が増えている。まさに"中日の架け橋"を担っていると実感する日々。橋渡しできたときの充実感は何物にも変えがたい」と周氏は笑顔で話している。
上海JCCAは当初、4,000以上あった日系企業の上海駐在員事務所を顧客ターゲットに絞った。少人数ですべての業務をこなさなければならない事務所に、きめ細かいサポートを提供し、好評を得る。日本ベースで仕事をしていたが、次第に上海JCCAの業務が増え、ここ1、2年で中国業務が主軸となった。
主要な顧客層は従来の駐在員事務所から現地法人へとシフト。手がける業務も企業財務・会計業務から中国投資コンサルティングまで多様化してきている。
「昨年から企業所得税法、労働契約法、J -SOX法関連の相談を受け、中日に跨る業務が増えている。まさに"中日の架け橋"を担っていると実感する日々。橋渡しできたときの充実感は何物にも変えがたい」と周氏は笑顔で話している。
ビジネス特集 08年2月号一覧
情報提供:
Whenever CHINA 08年2月号
Whenever CHINA 08年2月号2008/3/10 更新









