ビジネス特集
「汽車美容」で新機軸 トータルサービスを目指して
頼逢吉氏(上海日東石油汽車服務有限公司・総経理)
頼逢吉氏(上海日東石油汽車服務有限公司・総経理)

スタッフ育成に心血を注ぐ頼逢吉氏
「日式サービスと技術」という新機軸で、"汽車美容"業界で異彩を放っているのが上海日東石油汽車服務有限公司。総経理の頼逢吉氏は、「スタッフを守る」ために同社を設立、長期的視野の下、「揺りかごから墓場まで」のトータルサービスを目指し、奮闘中である。
顧客の冷笑はいまや称賛に
「絶対に潰れるぞ」――2003年8月、上海市内に洗車・カーケアの新店舗をオープンさせた頼逢吉氏に、訪れた客は半ば呆れ顔で言い放った。価格表を見れば、通常では1台10元の洗車代が25元から45元。同店は洗車液からワックス、スポンジまですべて輸入品を揃え、謳い文句は「日式サービスと技術」である。
それが、当時の冷笑はいま「上海で一番いい店」との称賛の声に変わっている。上海日東石油汽車服務有限公司の永興店は、1店舗の月間売上が5万元に達すれば優良店といわれる同業内で8万元超を稼ぐ「超優良店」。上海市内の4店舗と南昌市(江西省)の1店舗を合わせた年間の売上増加率は130%に上る。
顧客の冷笑はいまや称賛に
「絶対に潰れるぞ」――2003年8月、上海市内に洗車・カーケアの新店舗をオープンさせた頼逢吉氏に、訪れた客は半ば呆れ顔で言い放った。価格表を見れば、通常では1台10元の洗車代が25元から45元。同店は洗車液からワックス、スポンジまですべて輸入品を揃え、謳い文句は「日式サービスと技術」である。
それが、当時の冷笑はいま「上海で一番いい店」との称賛の声に変わっている。上海日東石油汽車服務有限公司の永興店は、1店舗の月間売上が5万元に達すれば優良店といわれる同業内で8万元超を稼ぐ「超優良店」。上海市内の4店舗と南昌市(江西省)の1店舗を合わせた年間の売上増加率は130%に上る。
「スタッフの未来を守りたい」
有望市場と目される「汽車美容」だが、市場を見渡せば月間売上が1〜2万元という店舗が大半。外資でも進出後すぐに撤退した企業は数知れない。
これを「資金回収を急ぐがあまり、長期的な視野を欠いた結果」と頼氏は手厳しい。同社のビジネスモデルは、洗車の数を追うのではなく、いかに1台に時間をかけて丁寧な仕上がりとサービスを提供できるか。洗車した台数が少なくても価格が高い分、売上効率は高い。ただ、そのためには価格に見合ったサービスを提供できるスタッフの存在が不可欠だ。
頼氏の言う「長期的な視野」とはスタッフの教育であり、それはまたスタッフ自身の未来でもある。事業開始にあたり大きな決断を下したのも、スタッフの思いに突き動かされたからだ。
台湾地区苗栗生まれの頼氏は留学先の日本で大学を卒業後、就職した日東石油の中国進出にあたり合弁先となる現地企業に派遣された。
その派遣先店舗は不振から一転、半年の間で見る見るうちに売上が上昇。これを頼氏以上に喜んだのが現地スタッフだった。
それもつかの間、予期せぬトラブルが発生する。合弁契約の最終段階で交渉がもつれ、日本側本社が契約を破棄したのだ。
うまくいっていただけに悔しさが込み上げてくる。何より教育したスタッフの落胆振りが頭に浮かんだ。スタッフの未来を守りたい――。
悩んだ挙句の決断だった。資金をかき集め、本社が購入する予定だった株式 50 %を個人で買い取り、日本の会社を退社。上海で新たなスタートを切る。 03年1月、頼氏33歳の時である。
有望市場と目される「汽車美容」だが、市場を見渡せば月間売上が1〜2万元という店舗が大半。外資でも進出後すぐに撤退した企業は数知れない。
これを「資金回収を急ぐがあまり、長期的な視野を欠いた結果」と頼氏は手厳しい。同社のビジネスモデルは、洗車の数を追うのではなく、いかに1台に時間をかけて丁寧な仕上がりとサービスを提供できるか。洗車した台数が少なくても価格が高い分、売上効率は高い。ただ、そのためには価格に見合ったサービスを提供できるスタッフの存在が不可欠だ。
頼氏の言う「長期的な視野」とはスタッフの教育であり、それはまたスタッフ自身の未来でもある。事業開始にあたり大きな決断を下したのも、スタッフの思いに突き動かされたからだ。
台湾地区苗栗生まれの頼氏は留学先の日本で大学を卒業後、就職した日東石油の中国進出にあたり合弁先となる現地企業に派遣された。
その派遣先店舗は不振から一転、半年の間で見る見るうちに売上が上昇。これを頼氏以上に喜んだのが現地スタッフだった。
それもつかの間、予期せぬトラブルが発生する。合弁契約の最終段階で交渉がもつれ、日本側本社が契約を破棄したのだ。
うまくいっていただけに悔しさが込み上げてくる。何より教育したスタッフの落胆振りが頭に浮かんだ。スタッフの未来を守りたい――。
悩んだ挙句の決断だった。資金をかき集め、本社が購入する予定だった株式 50 %を個人で買い取り、日本の会社を退社。上海で新たなスタートを切る。 03年1月、頼氏33歳の時である。

「日式サービスと技術」を提供し支持を得る上海日東石油汽車服務有限公司
「揺りかごから墓場まで」
頼氏が人材育成のために始めたのが、勉強会という名の「読書感想文発表会」。読むのは本であれば何でもよし。「ただでさえ勉強嫌いな彼らにいきなり難しい本を読めと言っても無理。実は私も本が大嫌いなんです」と頼氏は言うが、週一回スタッフが読んでくる本のすべてに目を通した。
成果は徐々に見え始める。スタッフたちは回を重ねるごとに、仕事に生かせるような本を自発的に選ぶようになり、人に理解してもらうような話し方、礼儀も身についた。
頼氏の最終的な目標は、洗車にはじまり修理、板金、そして中古車から新車の販売と「揺りかごから墓場まで」のトータルサービスを提供すること。頼氏の夢は鼓動を始めたばかりだ。
頼氏が人材育成のために始めたのが、勉強会という名の「読書感想文発表会」。読むのは本であれば何でもよし。「ただでさえ勉強嫌いな彼らにいきなり難しい本を読めと言っても無理。実は私も本が大嫌いなんです」と頼氏は言うが、週一回スタッフが読んでくる本のすべてに目を通した。
成果は徐々に見え始める。スタッフたちは回を重ねるごとに、仕事に生かせるような本を自発的に選ぶようになり、人に理解してもらうような話し方、礼儀も身についた。
頼氏の最終的な目標は、洗車にはじまり修理、板金、そして中古車から新車の販売と「揺りかごから墓場まで」のトータルサービスを提供すること。頼氏の夢は鼓動を始めたばかりだ。
ビジネス特集 08年2月号一覧
情報提供:
Whenever CHINA 08年2月号
Whenever CHINA 08年2月号2008/3/10 更新










