ビジネス特集
"日本の町医者"を中国で 社会貢献にも積極的
陸方氏(陸方口腔診療所・代表)
陸方氏(陸方口腔診療所・代表)

貧困者への医療活動を行うなど慈善貢献も行う陸方氏
陸方氏は、留学時代に日本の医者に感銘を受け、帰国後、陸方口腔診療所を設立。上海と蘇州で歯科治療に従事する一方、個人基金を設立し、貧困者への医療活動を行うなど慈善貢献も行う。「私は医者と患者さんが友達みたいな関係になれる病院を作りたい」(陸氏)。
日本の医者に感銘受ける
歯科医を目指していた陸方氏は 1991年、日本に留学していた友人のつてを頼って、福岡の日本九州歯科大学大学院へ留学した。
「最初は日本語を全く話せず、何もかも知らないことばかりでとにかく怖かった」(陸方氏)
しかし、当時の文部省支給の奨学金が潤沢だったことや、周囲の日本人が親身になって世話をしてくれたことなどから、寂しいことは何一つなかったと、日本での生活を振り返る。
そんな陸氏が一番驚いたのは、日本の医者の患者に対する接し方だ。「日本の医者は本当によく患者さんと話をする。患者さんの様態や希望を訊くし、さらには保険のことや経済状況まで考慮して対応しようとする」
陸氏は上海の大学を卒業後、1年間中国の病院で働いた経験がある。人口が多い中国では患者一人にかけられる時間はわずか5分足らず。1日に何人診ることができるか。人手不足の状況のもと、医者は患者の話などは聞いていられないというのが当時の情況だったという。
日本の医者に感銘受ける
歯科医を目指していた陸方氏は 1991年、日本に留学していた友人のつてを頼って、福岡の日本九州歯科大学大学院へ留学した。
「最初は日本語を全く話せず、何もかも知らないことばかりでとにかく怖かった」(陸方氏)
しかし、当時の文部省支給の奨学金が潤沢だったことや、周囲の日本人が親身になって世話をしてくれたことなどから、寂しいことは何一つなかったと、日本での生活を振り返る。
そんな陸氏が一番驚いたのは、日本の医者の患者に対する接し方だ。「日本の医者は本当によく患者さんと話をする。患者さんの様態や希望を訊くし、さらには保険のことや経済状況まで考慮して対応しようとする」
陸氏は上海の大学を卒業後、1年間中国の病院で働いた経験がある。人口が多い中国では患者一人にかけられる時間はわずか5分足らず。1日に何人診ることができるか。人手不足の状況のもと、医者は患者の話などは聞いていられないというのが当時の情況だったという。
自分のやり方でできる病院を
留学を終えて97年に帰国。まずは上海市が設立した職工康復医院で働き始める。この間にも陸氏は自分のやり方で自由にできる病院をつくるべく開業の機会を探る。
そして99年、個人開業が許可されると、陸氏はすぐさま認可を取り、上海に陸方口腔診療所を設立した。当初は「近所の中国人が様子を窺いにきただけ」だった診療所も、上海古北区でチラシのポスティングを行ったことを境に徐々に名が広まるようになる。日本人婦人会の会報誌で取り上げられたことで、その後は多くの日本人患者が訪れるようになったという。
留学を終えて97年に帰国。まずは上海市が設立した職工康復医院で働き始める。この間にも陸氏は自分のやり方で自由にできる病院をつくるべく開業の機会を探る。
そして99年、個人開業が許可されると、陸氏はすぐさま認可を取り、上海に陸方口腔診療所を設立した。当初は「近所の中国人が様子を窺いにきただけ」だった診療所も、上海古北区でチラシのポスティングを行ったことを境に徐々に名が広まるようになる。日本人婦人会の会報誌で取り上げられたことで、その後は多くの日本人患者が訪れるようになったという。

上海の診療所のほか、蘇州に2 カ所の診療所を開設
医療通し留学組のあり方追求
2001年に陸氏は上海市慈善基金会へ参加。医療を通じて貧困者や失業者をサポートする活動を始めた。いわば"留学組"の模範モデルケースとして取り上げられた彼女だったが、この活動を通じて、貧困者の救済に対する意識が高まったという。
その後、貧しい女性の救済組織として個人で温馨基金を設立。「ある意味、留学経験者の集まりでもあり、共に意識を高め、活躍できるような場にする狙いもあった」
基金の目的は貧困者の救済だが、最も重要なことは自助努力を促すプログラム。基金を通じて、彼らに自立させる活動を進めているという。陸氏の医院では、静安区、長寧区、徐匯区3区の貧困者に対して、医療保険の一部を負担して診察。医院内の他の医者にも可能な限り貧困者の患者を診るように勧めている。
現在、上海の診療所のほか、蘇州に2カ所の診療所を開設している。従来の患者が蘇州に転任した後も上海に通ったり、口コミを聞きつけた患者がわざわざかけつけるなど、蘇州の患者が増え始めたからだ。
そのため、陸方さんは週2日蘇州に出向くなど多忙な生活を送る。中国人にとって最も大事な春節まで返上して、急患の治療にもあたった。
「患者さんの笑顔が見られたらそれで満足なのです。私は医者と患者さんが友達みたいな関係になれる病院を作りたい」
2001年に陸氏は上海市慈善基金会へ参加。医療を通じて貧困者や失業者をサポートする活動を始めた。いわば"留学組"の模範モデルケースとして取り上げられた彼女だったが、この活動を通じて、貧困者の救済に対する意識が高まったという。
その後、貧しい女性の救済組織として個人で温馨基金を設立。「ある意味、留学経験者の集まりでもあり、共に意識を高め、活躍できるような場にする狙いもあった」
基金の目的は貧困者の救済だが、最も重要なことは自助努力を促すプログラム。基金を通じて、彼らに自立させる活動を進めているという。陸氏の医院では、静安区、長寧区、徐匯区3区の貧困者に対して、医療保険の一部を負担して診察。医院内の他の医者にも可能な限り貧困者の患者を診るように勧めている。
現在、上海の診療所のほか、蘇州に2カ所の診療所を開設している。従来の患者が蘇州に転任した後も上海に通ったり、口コミを聞きつけた患者がわざわざかけつけるなど、蘇州の患者が増え始めたからだ。
そのため、陸方さんは週2日蘇州に出向くなど多忙な生活を送る。中国人にとって最も大事な春節まで返上して、急患の治療にもあたった。
「患者さんの笑顔が見られたらそれで満足なのです。私は医者と患者さんが友達みたいな関係になれる病院を作りたい」
ビジネス特集 08年2月号一覧
情報提供:
Whenever CHINA 08年2月号
Whenever CHINA 08年2月号2008/3/10 更新









