ビジネス特集
対談:「労働契約法」の論点 〜リスク回避のために〜
野村高志氏:(フレッシュフィールズ ブルックハウス デリンガー法律事務所・弁護士)
能多伸一氏:(JETRO上海進出企業支援センター・海外投資顧問)
20万件近い意見が寄せられるなど、中国では異例の立法プロセスを経て、労働契約法が6月29日全人代常務委員会第28回会議において採択された。日系企業は今後、労務管理の舵取りをどのように進めていくべきか、リスク回避のためにどんなことに留意すべきか――弊誌編集部は弁護士の野村高志氏とジェトロ上海の能多伸一氏の対談を企画、同法のポイントについて意見交換をして頂いた。
能多伸一氏:(JETRO上海進出企業支援センター・海外投資顧問)
20万件近い意見が寄せられるなど、中国では異例の立法プロセスを経て、労働契約法が6月29日全人代常務委員会第28回会議において採択された。日系企業は今後、労務管理の舵取りをどのように進めていくべきか、リスク回避のためにどんなことに留意すべきか――弊誌編集部は弁護士の野村高志氏とジェトロ上海の能多伸一氏の対談を企画、同法のポイントについて意見交換をして頂いた。

能多伸一 氏
試用期間短縮で留意すべきことは?
――(編集部) ジェトロ上海では、労働契約法第二審草案の起草時期から労働契約法の解釈とその対策について各都市でセミナーや個別相談会を開催されていますが反響はいかがでしょうか。
能多伸一 氏 ジェトロ上海では、進出企業支援センターを中心に日系企業さまの日常業務で発生する様々な問題に対し「駆け込み寺」として活用して頂いています。また、在上海日本国領事館、日本商工クラブとも協力して、日系企業さまのビジネス環境改善のために市政府への陳情や政策提案に努めています。
物権法、企業所得税法、土地使用税徴収、加工貿易禁止類目録、輸出増値税還付税引き下げなど外資優遇策の転換について打ち出された法令に続き、にわかに関心を集めているのが労働契約法です。六月末の採択以来、情報収集に精を出す企業さまがとみに増えているようです。江蘇省、浙江省、安徽省、四川省の地方都市日本人会で行っている関連セミナーには、業種を問わず、総経理クラスや中国人の人事担当者など50、60人くらい集まります。
労働争議に関する実務的な問題については法律事務所に託していますが、寄せられるさまざまな相談に対して、留意事項及び対策についてアドバイスしております。なかでも試用期間短縮、経済補償金の支払い(※)、競合制限への対処問題等に対する関心が極めて高いようです。
――労働者の権益保護が前面に押し出され、経営リスクの増加が指摘されています。
野村高志 氏 従来の労働法と比べ、試用期間の面では、経営側に大幅にシビアな内容になったともいえないでしょう。新法(労働契約法)が定める1年未満の契約で一カ月までという試用期間の規定は、(試用期間は)6カ月を超えてはならないと規定した労働法よりも一見厳しいように見えますが、現実には条例などで従来から様々な規制が存在していたのですから。
むしろ新法の規定で注目したいのは、(中国の内資企業で見られたような)ずるずると試用期間を延ばすことはできない点でしょう。試用期間は一度しか設けてならず、このことは期間制限に劣らないインパクトがあるかと思います。また、最低賃金をクリアする必要があることや、正規の給与の80%の額を保証しなければならないことにも要注意です。こうした事柄が国の法律で明記され、たとえ短期労働者を雇う場合でも厳格に法に従うことを求めてきたところに新法の意義があるのです。
能多 3年契約の場合、6カ月間の試用期間を設定できることより、試用期間中に解雇できるかどうか、という質問も受けています。試用期間中に解雇する場合、採用基準を明文化して提示する必要があるとアドバイスしていますが、その他留意すべき事項はなんでしょうか。
野村 新法によれば、「試用期間中に採用基準に適合しない」ということが証明された場合に限って解雇が可能ですが、その証明を行いやすくして、労働仲裁や訴訟を提起されるリスクに直面しないように合理的な評価基準を用意しておかなければなりません。
能多 各社ごとに独自の評価基準を作成することは可能ですか。
野村 〇×△といった主観的判断ではなく、公平、相対的評価が基になっていることが重要です。また、業務と関係のないことを理由に解雇するのは困難でしょう。
訓練または職場の調整を経るなど客観的な制度に基づいて行った合理的判断が「業務に堪えられない」というものであれば、正規雇用のときでも解除できますし、そのような裁判例もあります。
ある深センの銀行の例ですが、職員に対して統一試験を実施し、試験に不合格な人は一定の期間内で研修させ、再度受験を指示しました。それでも不合格な場合は契約を解除するという措置を正規雇用中にとり、裁判所に有効性が認められています。
能多 こうした規定を労働契約書や就業規則に明記すればいいのですね。
野村 不採用の方が、「自分より優秀でもない別の人が雇われるのは不合理な理由によるもの」と誤解した場合、労働仲裁を起こされかねません。潜在的な紛争リスクを抑える意味でも、客観的で相対的、公平な評価システムを社内につくっていくことが重要になるでしょう。
――(編集部) ジェトロ上海では、労働契約法第二審草案の起草時期から労働契約法の解釈とその対策について各都市でセミナーや個別相談会を開催されていますが反響はいかがでしょうか。
能多伸一 氏 ジェトロ上海では、進出企業支援センターを中心に日系企業さまの日常業務で発生する様々な問題に対し「駆け込み寺」として活用して頂いています。また、在上海日本国領事館、日本商工クラブとも協力して、日系企業さまのビジネス環境改善のために市政府への陳情や政策提案に努めています。
物権法、企業所得税法、土地使用税徴収、加工貿易禁止類目録、輸出増値税還付税引き下げなど外資優遇策の転換について打ち出された法令に続き、にわかに関心を集めているのが労働契約法です。六月末の採択以来、情報収集に精を出す企業さまがとみに増えているようです。江蘇省、浙江省、安徽省、四川省の地方都市日本人会で行っている関連セミナーには、業種を問わず、総経理クラスや中国人の人事担当者など50、60人くらい集まります。
労働争議に関する実務的な問題については法律事務所に託していますが、寄せられるさまざまな相談に対して、留意事項及び対策についてアドバイスしております。なかでも試用期間短縮、経済補償金の支払い(※)、競合制限への対処問題等に対する関心が極めて高いようです。
――労働者の権益保護が前面に押し出され、経営リスクの増加が指摘されています。
野村高志 氏 従来の労働法と比べ、試用期間の面では、経営側に大幅にシビアな内容になったともいえないでしょう。新法(労働契約法)が定める1年未満の契約で一カ月までという試用期間の規定は、(試用期間は)6カ月を超えてはならないと規定した労働法よりも一見厳しいように見えますが、現実には条例などで従来から様々な規制が存在していたのですから。
むしろ新法の規定で注目したいのは、(中国の内資企業で見られたような)ずるずると試用期間を延ばすことはできない点でしょう。試用期間は一度しか設けてならず、このことは期間制限に劣らないインパクトがあるかと思います。また、最低賃金をクリアする必要があることや、正規の給与の80%の額を保証しなければならないことにも要注意です。こうした事柄が国の法律で明記され、たとえ短期労働者を雇う場合でも厳格に法に従うことを求めてきたところに新法の意義があるのです。
能多 3年契約の場合、6カ月間の試用期間を設定できることより、試用期間中に解雇できるかどうか、という質問も受けています。試用期間中に解雇する場合、採用基準を明文化して提示する必要があるとアドバイスしていますが、その他留意すべき事項はなんでしょうか。
野村 新法によれば、「試用期間中に採用基準に適合しない」ということが証明された場合に限って解雇が可能ですが、その証明を行いやすくして、労働仲裁や訴訟を提起されるリスクに直面しないように合理的な評価基準を用意しておかなければなりません。
能多 各社ごとに独自の評価基準を作成することは可能ですか。
野村 〇×△といった主観的判断ではなく、公平、相対的評価が基になっていることが重要です。また、業務と関係のないことを理由に解雇するのは困難でしょう。
訓練または職場の調整を経るなど客観的な制度に基づいて行った合理的判断が「業務に堪えられない」というものであれば、正規雇用のときでも解除できますし、そのような裁判例もあります。
ある深センの銀行の例ですが、職員に対して統一試験を実施し、試験に不合格な人は一定の期間内で研修させ、再度受験を指示しました。それでも不合格な場合は契約を解除するという措置を正規雇用中にとり、裁判所に有効性が認められています。
能多 こうした規定を労働契約書や就業規則に明記すればいいのですね。
野村 不採用の方が、「自分より優秀でもない別の人が雇われるのは不合理な理由によるもの」と誤解した場合、労働仲裁を起こされかねません。潜在的な紛争リスクを抑える意味でも、客観的で相対的、公平な評価システムを社内につくっていくことが重要になるでしょう。

野村高志 氏
無固定期限契約リスクは回避可?
――突き詰めて言えば、進出企業の関心事は「労働コスト」の上昇をいかに抑えるかにあるのではないでしょうか。
能多 1年契約にしてダメだったら解雇し、経済補償金も支払わなくてもよいというのが一般化していたのが、新法ではすべて覆されてしまいます。また、終身雇用としないためにはどうしたらよいのか、経済補償金を支払わなくて解雇する方法はあるのか等が進出企業さまにとって大きな関心テーマとなるのはやむを得ないでしょう。
野村 企業の人事部の方の発想には、やはりそういう傾向が見られますよね。 解雇はシビアな経営判断です。いくら抜け道を探したところで、訴訟を起こされてしまったら勝つのは容易とは限らず、元も子もありません。労働法でも10 年勤続した人についての無固定期限契約問題が存在していました。結局、90年代後半に進出した企業にとっては、先送りできたかも知れない問題と思いがけず早く直面することになってしまったともいえるかと思います。しかし、無固定期限契約にするための人材評価は10年経過しないとできないかというと、そうともいえないでしょう。二度の雇用契約のなかで評価を行えというのは、あながち理不尽な話ではありません。
能多 とはいえ、無固定期限契約を避ける方法についてアドバイスを求める相談が後を絶ちません。「無固定期限契約をしない場合は給与の上昇率は高いがどうするか」というオプションを労働者に対して提示する方法について是非を尋ねてきた方もいました。
野村 もし雇用条件が、現状維持以上であれば法の趣旨に反しないのではと思います。無固定期限契約については、より分かりやすい解釈運用ができるように、法の細則を出すなど、今後もっと立法面で明らかにされてくるのではないかと思います。
なお、契約の更新という形をとるにせよ、契約期間の延長という形をとるにせよ、それは法的には新たな契約の締結としてカウントされることに注意が必要です。また、議論の対象となるのは新法施行後の契約の回数であることに注意してほしいと思います。
能多 それにしても、労使の現場で苦労されている方はさまざまな研究をされているなというのが正直な感想です。こちらが唸ってしまうような具体的相談が多いですね。
――突き詰めて言えば、進出企業の関心事は「労働コスト」の上昇をいかに抑えるかにあるのではないでしょうか。
能多 1年契約にしてダメだったら解雇し、経済補償金も支払わなくてもよいというのが一般化していたのが、新法ではすべて覆されてしまいます。また、終身雇用としないためにはどうしたらよいのか、経済補償金を支払わなくて解雇する方法はあるのか等が進出企業さまにとって大きな関心テーマとなるのはやむを得ないでしょう。
野村 企業の人事部の方の発想には、やはりそういう傾向が見られますよね。 解雇はシビアな経営判断です。いくら抜け道を探したところで、訴訟を起こされてしまったら勝つのは容易とは限らず、元も子もありません。労働法でも10 年勤続した人についての無固定期限契約問題が存在していました。結局、90年代後半に進出した企業にとっては、先送りできたかも知れない問題と思いがけず早く直面することになってしまったともいえるかと思います。しかし、無固定期限契約にするための人材評価は10年経過しないとできないかというと、そうともいえないでしょう。二度の雇用契約のなかで評価を行えというのは、あながち理不尽な話ではありません。
能多 とはいえ、無固定期限契約を避ける方法についてアドバイスを求める相談が後を絶ちません。「無固定期限契約をしない場合は給与の上昇率は高いがどうするか」というオプションを労働者に対して提示する方法について是非を尋ねてきた方もいました。
野村 もし雇用条件が、現状維持以上であれば法の趣旨に反しないのではと思います。無固定期限契約については、より分かりやすい解釈運用ができるように、法の細則を出すなど、今後もっと立法面で明らかにされてくるのではないかと思います。
なお、契約の更新という形をとるにせよ、契約期間の延長という形をとるにせよ、それは法的には新たな契約の締結としてカウントされることに注意が必要です。また、議論の対象となるのは新法施行後の契約の回数であることに注意してほしいと思います。
能多 それにしても、労使の現場で苦労されている方はさまざまな研究をされているなというのが正直な感想です。こちらが唸ってしまうような具体的相談が多いですね。
「競業制限」のリスクにどう対処する?
――人材の採用にあたっては、従来以上に慎重さが求められてきそうですね。
能多 競業制限を受けていたスタッフを採用するリスクを懸念する企業さまもおられます。以前に勤めていた会社に対し賠償金支払いの義務が生じるのかどうかという質問も受けています。
野村 競業避止義務は、使用者と労働者の約定を前提として成り立つ義務です。いわゆる意図的な「引き抜き」でなければ、原則的には、労働者が以前勤務した会社に対して(新しい使用者が)賠償金を支払う必要はないはずです。ただし、事実関係はどうであれ、当該労働者を以前雇用していた会社が訴訟を起こしてくるリスクもありますので、中途採用者と労働関係を結ぶ際には、誓約書に一筆書かせるとか、証明書を出させるとか、将来の訴訟リスクをヘッジするためのチェックを行っておく必要があるでしょう。
能多 なかなか中小企業さまの場合は労務管理ができる方が少ないため困難は大きいでしょう。契約書の作成等については一度で済みますが、それ以外になると …。労務管理をアウトソーシングに頼ることができればよいのでしょうけど。
野村 人材雇用のアウトソーシングという点でいえば、今後、FESCOなどからの派遣人材をどのように扱うかについて注視していく必要があるでしょう。派遣労働者との間には直接の雇用契約がない以上、競業避止義務を設けることは難しいかも知れませんが、営業秘密の保持義務をどうやって負わせるべきかは課題となってきます。なお、派遣労働者については、新法一四条の「無固定期限契約」の規定は適用されないのではと考えています。「派遣労働者を適用除外とする」という規定は新法にはないものの、「派遣人材で終身雇用」というのは適合しないように思います。
――人材の採用にあたっては、従来以上に慎重さが求められてきそうですね。
能多 競業制限を受けていたスタッフを採用するリスクを懸念する企業さまもおられます。以前に勤めていた会社に対し賠償金支払いの義務が生じるのかどうかという質問も受けています。
野村 競業避止義務は、使用者と労働者の約定を前提として成り立つ義務です。いわゆる意図的な「引き抜き」でなければ、原則的には、労働者が以前勤務した会社に対して(新しい使用者が)賠償金を支払う必要はないはずです。ただし、事実関係はどうであれ、当該労働者を以前雇用していた会社が訴訟を起こしてくるリスクもありますので、中途採用者と労働関係を結ぶ際には、誓約書に一筆書かせるとか、証明書を出させるとか、将来の訴訟リスクをヘッジするためのチェックを行っておく必要があるでしょう。
能多 なかなか中小企業さまの場合は労務管理ができる方が少ないため困難は大きいでしょう。契約書の作成等については一度で済みますが、それ以外になると …。労務管理をアウトソーシングに頼ることができればよいのでしょうけど。
野村 人材雇用のアウトソーシングという点でいえば、今後、FESCOなどからの派遣人材をどのように扱うかについて注視していく必要があるでしょう。派遣労働者との間には直接の雇用契約がない以上、競業避止義務を設けることは難しいかも知れませんが、営業秘密の保持義務をどうやって負わせるべきかは課題となってきます。なお、派遣労働者については、新法一四条の「無固定期限契約」の規定は適用されないのではと考えています。「派遣労働者を適用除外とする」という規定は新法にはないものの、「派遣人材で終身雇用」というのは適合しないように思います。
ビジネス特集 07年9月号一覧
情報提供:
Whenever CHINA 07年9月号
Whenever CHINA 07年9月号2007/09/17 更新










