中国業界人記事
現在、世界規模で近代化が進んでいる。アジア各地の都市においては、概して同じような風景が見られるようになった。ある都市を訪れると、われわれが抱くイメージと大きく隔たっている現実があることに気づく。そこに住む人びとの中には、近代的なショッピングセンターとファストフードを好む傾向もみられ、これまで見られなかった「中流階級」が出現した。あたかも、近代がこれまであったものを駆逐しているかのような状況に見える。上海も近代化の波が押し寄せ、多くの近代的、現代的な住宅、オフィスビル、商業店舗が林立するようになった。生活スタイルも「西洋化」され、かつての伝統的な文化的生活は後退している。これは紛れもない事実であろう。
近代は、決して伝統を駆逐することはできない。アジア諸国の都市は、近代化路線を踏みつつも、つねに文化的伝統に回帰しつつ発展してきた。駆逐するのではなく、対立、融合をそのまま包含しながら発展してきたのである。それはクレオール的な近代化ともいえる。表面的には近代化路線を踏むアジア各都市では、ローカルな伝統や宗教、文化は確実に受け継がれ、その中で近代と伝統が再解釈し続けられている。近代一直線の発想は、もはやアジアの都市には通用しない。
一方、伝統を伝統のまま押し込めて理解しようとするようなオリエンタリズム的発想では、近代を含めて再解釈される状況をふさぎ込む結果となる。
私には、上海もこの流れを受け継いでいるように感じられる。上海がさまざまなものを取り込みながら発展してきた歴史は、上海独自のクレオール的解釈ともいえる。その解釈があるにもかかわらず、進化主義的発想で理解するのには無理があるだけでなく、暴力的ともいえる。前回記した素朴な質問の背景には、進化主義的な思想があると、筆者には感じられるのである。
一方、伝統を伝統のまま押し込めて理解しようとするようなオリエンタリズム的発想では、近代を含めて再解釈される状況をふさぎ込む結果となる。
私には、上海もこの流れを受け継いでいるように感じられる。上海がさまざまなものを取り込みながら発展してきた歴史は、上海独自のクレオール的解釈ともいえる。その解釈があるにもかかわらず、進化主義的発想で理解するのには無理があるだけでなく、暴力的ともいえる。前回記した素朴な質問の背景には、進化主義的な思想があると、筆者には感じられるのである。
先に述べた静安寺の風景をはじめ、上海に存在するクレオール的状況を進化主義的、オリエンタリズム的な理解から脱却する必要がある。伝統は、つねにあらゆるものと対峙し、反発しながらも融合する。その記憶は、社会のダイナミズムとともにそこに住む人々の中に残る。まずは、このことを素直に認めることが必要だろう。
その記憶を象徴するものは、まわりを巻き込んでこそ存在意義が生まれる。静安寺は、静安寺たるために、まわりの近代化を再解釈し続け、今の姿になった。近代化をポジティヴに捉えた静安寺には、その記憶が上海に暮らす人々の思い出とともに詰まっている。静安寺がなくなったら、もはや静安寺周辺は、上海の特徴である混沌的性格を欠き、その存在意義が失われることになるだろう。さまざまなものが「メルティングポット」化、「サラダボウル」化し、これがそのまま生き続けているのが通常の一風景である。この状況こそ、近代をも軽々と巻き込む社会のダイナミズムなのではないかと思う。
上海の「近代」と「伝統」が同居している状況を異様と感じる人々には、少なくとも「近代的世界」が優れていて、自分たちが古い伝統を取りのぞかなければならないという発想が、どこか頭の片隅にあるのではないだろうか。上海のみならず、アジア各都市の「近代的想像力」は、われわれ近代的世界の発想を超えたところにあることを認めなければならない。
以前のコラム
フィールドワークとしての中国不動産市場 第3回:静安寺の風景(前編)
フィールドワークとしての中国不動産市場 第2回:統計の数字と一次資料
フィールドワークとしての中国不動産市場 第1回:統計嫌いの不動産市場調査
その記憶を象徴するものは、まわりを巻き込んでこそ存在意義が生まれる。静安寺は、静安寺たるために、まわりの近代化を再解釈し続け、今の姿になった。近代化をポジティヴに捉えた静安寺には、その記憶が上海に暮らす人々の思い出とともに詰まっている。静安寺がなくなったら、もはや静安寺周辺は、上海の特徴である混沌的性格を欠き、その存在意義が失われることになるだろう。さまざまなものが「メルティングポット」化、「サラダボウル」化し、これがそのまま生き続けているのが通常の一風景である。この状況こそ、近代をも軽々と巻き込む社会のダイナミズムなのではないかと思う。
上海の「近代」と「伝統」が同居している状況を異様と感じる人々には、少なくとも「近代的世界」が優れていて、自分たちが古い伝統を取りのぞかなければならないという発想が、どこか頭の片隅にあるのではないだろうか。上海のみならず、アジア各都市の「近代的想像力」は、われわれ近代的世界の発想を超えたところにあることを認めなければならない。
以前のコラム
フィールドワークとしての中国不動産市場 第3回:静安寺の風景(前編)
フィールドワークとしての中国不動産市場 第2回:統計の数字と一次資料
フィールドワークとしての中国不動産市場 第1回:統計嫌いの不動産市場調査
情報提供:
Stasia Capital Holding Limited
Stasia Capital Holding Limited2008/03/14 更新
筆者:安田明宏氏
Stasia Capital調査部主任研究員
Stasia Capital Holding Limited (ステイジア・キャピタル)
[住所] 上海市長楽路801号華爾登広場203室
[電話] 021-5404-6486 / [FAX] 021-5404-5368
[E-mail] yasuda@stasiacapital.com
[URL] http://www.stasiacapital.com
Stasia Capital調査部主任研究員
プロフィール…名古屋大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。インドネシア・スラバヤ国立大学大学院国家教育研究科博士課程留学。専攻は文化人類学。
Stasia Capital Holding Limited (ステイジア・キャピタル)
[住所] 上海市長楽路801号華爾登広場203室
[電話] 021-5404-6486 / [FAX] 021-5404-5368
[E-mail] yasuda@stasiacapital.com
[URL] http://www.stasiacapital.com
中国業界人記事 一覧









