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週間法律コラム 第一回:労働契約法を語る
労働契約法を正しく理解するためには、まず、同法の立法の背景とその目的をしっかり把握しておかなければならない。労働「契約」法は、労働法に「契約」の文字を付け加えたことからも分かるように労働法を否定するものでは決してなく、むしろ労働法を補うものである。その点で、労働契約法が出てくれば、労働法が否定され大きな混乱が起きるというような論調は全くの誤認である。それでは、どうして労働法を補うべく労働契約法が登場したのか?それは、あまりマスコミで取り上げられていない(そもそもこれを書くことはマスコミも禁じられている)、革命的というべき中央政府のイデオロギーの変化がある。
労働法が出てきた当時、労働「契約」自体まだ中国社会に定着していないものであって、しかも、会社と労働者が労働契約を締結するということは、会社が労働者を雇用するということになり共産主義の根本である労働者が会社を所有するという概念を根本的に覆すものであった(これ自体当時大きなイデオロギーの変化であった)。これに加えて、もし、イデオロギー上の主人公である労働者を【弱者】として正面から位置づけたらどうなるか?保守派から徹底的な反対が出て大変なことになっていたかもしれない。そこで、どうしたか?共産主義の面子を保つため、苦し紛れでも、会社と労働者が【平等の立場】で、一般商取引のように自由意志で労働契約を締結するという建前を取ったのである。ところが現実はどうだろうか?皆さんも御存知のように、建設会社、内装工事、内資の工場は、労働契約など全く締結せず、労働者を雇用し、給与を全く支払わなかったり、社会保険を納めなかったりと、違法に搾取される労働者を大量に生み出すことになった。それが社会問題化していることは言うまでもない。こういう事態を放置していたらどうなるだろうか?その不満がいづれ中央政府に向けられることになるであろう。それでは、どうすべきか?労働者を保護する立法的手立てを打たなければならない。しかし、その手立てを打つためには、中央政府としても、労働者は会社と決して【平等な立場】で労働契約を締結できない者、すなわち社会的【弱者】であることを承認しなければならなかったのである。このイデオロギーの変更を受け入れるのは、我々資本主義の国ではなんともないこと(資本主義はそもそもその前提に立つ)だが、共産主義の国でこれを行うことは自己矛盾となり困難なことだったわけである。

そのため、ずっと立法的手立てが取られるのが遅れたわけだが、なぜ、最近になってこのイデオロギーの変更を受け入れるようになってきたのか?労働者が違法に搾取される状態は昔からあったはずである。それは、胡錦涛の【現実路線】が背景にある。?ケ小平も改革解放を成し遂げたという意味で現実路線ではあったに違いないが、上記労働者に関するイデオロギーについてはやはり共産主義的なものを維持しており、後継者である江沢民も基本的にこれを承継した。しかし、胡錦涛は、これを承継せず、下手なイデオロギーに拘らず、中国流に言うと、「実事求是」で行くことにした。すなわち、現実的に解決必要としている問題については、現実的に解決していく態度である。これの象徴として言えるのが、物権法の成立である。物権法は、御存知のように財産の私有を認めることである。これが共産主義の根本と矛盾することは言うまでもない。物権法が出てくる前に、財産の私有制度が現実に定着してしまったため物権法のインパクトはあまりなかったが、共産主義のイデオロギー的観点からいうと、この法律自体革命(共産主義の否定に近い)的なのである。この革命的変化を受け入れてしまった以上もう共産主義のイデオロギーなんてもう無きに等しくなる。よって、労働者を社会的【弱者】としてその保護を図る労働契約法の登場は、すでにイデオロギー上の抵抗はなくなってしまったわけである。このように、イデオロギー変化を受け入れ現実を直視することができる環境があって、労働契約法を通そうとするコンセンサスができあがってきたわけである。
さて、これで、労働契約法が最近になって議論される背景がわかったかと思うが、それでは、労働契約法草案では、どのような労働者を【弱者】としたか?この点の理解が非常に重要である。これにより今後外商投資企業に与える影響も理性的に分析できる。労働契約法をじっくり読んでいくと、その保護の対象は、ざっくりいうと以下の二つであることが分かる。
(1)雇用されるときに書面による労働契約が締結されないため、給与、社会保険等が与えられないまま働かされる労働者
(2)会社の一方的な都合で首を切られる労働者

まず、(1)をしっかり読んでもらいたい。対象となる労働者は、書面による労働契約が締結されてない労働者である。だから、まず、(1)との関係で外商投資企業にどのような影響を与えるかという点で述べれば、これまでもしっかりと書面による労働契約を締結しており、その内容も労働法に合致したものであれば、今回の労働契約法による影響はそれほどないと言ってもよい。それもそうだ。法律の名前を労働「契約」法としたのは、そもそもこの書面による労働「契約」を会社に強制し、それにより労働者を保護するところにあったからである。これまでは、書面による労働契約がないため労働関係の認定ができず、結果泣き寝入りせざるを得ない労働者が多数いたのである。それを書面による労働契約を強制することで、労働関係を明確にし労働者の保護を図ることにした。したがって、今回の【弱者】という観点からいうと、【契約締結時の弱者】に重点が置かれていると言ってよい。最近、労働契約法に関して立て続けにセミナーを開き労働契約法が出てくると天変地異が起きるかのような言い方で日系企業の不安を煽っている弁護士やコンサルがいるが、これは悪徳業者なので、皆さんも真に受けないで欲しい。平たくいうと、今回の労働契約法は、法律を無視して労働者をいじめている会社が労働契約法の標的になっているといえる。

次に、(2)の点は、今回の労働契約法で追加的な保護を加えた部分で、この部分は注目に値する。これについては次号で詳述する。

セミナーとかでは、草案の内容にばかり関心が言っている風潮があるが、私は、マスコミでは報道されていない、これまでの共産主義のイデオロギーを捨て現実路線を歩むことを決意した胡錦涛政権の姿勢をもっと評価したいと思う。


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2008/01/04 更新
筆者:高居宏文(たかいひろふみ) リチャード法律事務所 法律顧問

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