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巻頭インタビュー
華典酒店国際投資集団・総裁 CEO 殷鼎 博士
都市に眠る「物語」をもてなしの場に 歴史遺産テーマにホテルブランド構築

かつてはアカデミズム畑を歩んだ。専攻は哲学。執筆を手がけた専門書も多い。「哲学はビジネスにはあまり役立たないもの。しかし、複雑な事象を客観的に分析するうえでは意味があります」と殷博士は語る。少年時代は作家に憧れたという殷博士。「この夢は果たせなかった。天賦の才によるものですから」とおどける。
旧フランス租界のたたずまいを残す上海・新楽路にある白いレンガ造りの洋館。アールデコ時代の風格を漂わす個性的なホテル、それが「首席公館酒店」である。ひとたび屋内に足を踏み入れるや、ロビーに展示されるクラシックカメラや蓄音機など数々のアンティークが目に飛び込んでくる。
ゆうに4メートル以上はあると見られる天井。紫檀の家具に囲まれ、ソファに腰を深く埋めると、かつて"黄金の喉"と称えられた往年のスター周璇の歌声がどこからかともなく流れてくる。壁には一時代を駆け抜けていった風雲児・杜月笙や名優・梅蘭芳らの写真が掲げられ、この建物そのものが様々な"物語"の宝庫であることが容易に想像される。案の定、かつては上海の裏社会のボスであった杜月笙、黄金栄らによる企業のオフィスの所在地でもあったという。
もはや"オールド上海の雰囲気が漂うレトロな館"――そんな陳腐な形容では物足りない。上海が「東方のパリ」「魔都」とうたわれた1920、30年代の有形・無形の歴史遺産が、"物語"となって、この建物にしっかりと根づいているのだ。

歴史文化遺産がコンセプト
「世界中を旅行して印象に残ったのは、イギリスをはじめヨーロッパ各国では、都市文化が体現された歴史建造物が非常に品位のあるホテルに改造されていることでした。中国もこのようでなければと思ったのです」――。
歴史建造物をこよなく愛し、各国・各都市の文化にも造詣が深い殷鼎博士は、自らが打ち立てた"マンションホテル"というブランドのコンセプトについてこのように説明する。
「首席公館酒店を星の数でランク分けすることはできません。"マンションホテル(都市歴史文化精品酒店)"という概念そのものが、中国ではこれまでなかったといえるのではないでしょうか。私たちがこだわるのは、その都市独特の文化遺産をいかに保護していくかにあるのです」(殷鼎博士)
歴史文化の保護――そのための最もスタンダードな方法には博物館がある。西洋建築をテーマにしたものなら、日本なら神戸の異人館が思い浮かぶ。あるいは、明治時代の建造物を移築展示した愛知県犬山市の明治村も、これに類似したコンセプトのものとして挙げられるかも知れない。また、歴史建造物を構成する"部品素材"である家具をテーマとした博物館なら、北京紫檀博物館といった民営博物館もある。
しかし、家具やアンティーク、建造物が一体化、歴史遺産としての価値を発揮し、宿泊施設として開設された例は、殷博士が指摘するように、これまで中国、いや日本でも前例がないといえる。

ブティックホテル潮流
ここでブティックホテルという業態についても簡単に触れておきたい。
ブティックホテルの歴史はそれほど長くはないものの、欧米では比較的成熟した概念としてすでに受け入れられている。パリやロンドンをはじめ古い建造物をホテルに改造、それがチェーン展開されている例もある。業界では草分け的存在とされるブレイクス(Blakes)やベッドフッド(Bedfood)、モーガンズ(Morgans)などは世界的にも知られているブランドだ。「隠れ宿」的な意味が強調されることを避けたり、イメージアップを試みたりするために、あえて"デザインホテル""ラグジュアリーホテル"という名称を語ることもある。
中国でもこの業態のホテルが急速な発展を見せ、新たな潮流となろうとしている。その背景には、宿泊ニーズの「個性化」はもとより、「経営効率」に着目する投資側の視点がある。ブティックホテルの入居率は高く、RevPAR(Revenue Per Available Room=1室あたりの平均売上高)と平均客室単価はともに5つ星ホテルより高い。その一方で、宣伝コスト等も抑えているため(通常、媒体広告は打たない)、自然に利益率も高くなるのだという。ちなみにアメリカにおけるブティックホテルの総部屋数は03年のデータで市場の1%に過ぎないのに、売上総額では3%を占めるとされる(08年2月29日付第一財経日報)。
ホテル・レジャー企業グループであるスターウッド・ホテル&リゾートは、デザイン性の高い客室や空間が人気の高級ホテルブランド「Wホテル」を 09年12月1日に上海・浦東でオープンする予定だ。また、高級ホテルとエコノミーホテルの狭間で苦境に立たされた3つ星ホテルなどが内装を一新、ブティックホテルに変貌することで自身の存在感を誇示しようと試みる例も見られる。
もともと未着手の潜在市場だっただけに、ブティックホテルという業態が今後いっそう活況を呈してくることが予想される。

建物すべてが「物語」の宝庫。昔日の上海が偲ばれる
移植・複製できない都市文化
首席公館酒店の名称登記にあたって殷博士は「歴史文化遺産ブティックホテル(City Heritage Butique Hotel)」を用いた。そして対外的にはマンションホテルという通称をブランド名として普及させていきたいとしている。
しかし、こうした通常のブティックホテルというカテゴリーでは括ることができない「個性」が首席公館酒店には存在する。そろばん勘定だけで造られたそんじょそこらのホテルとは異なる事を殷博士は強調する。
彼の意図はこうだ。都市には都市それぞれのストーリーがある。建造物をそのまま他の場所に"移植・複製"することは無理である。その建造物がもつストーリーはその場所にあってこそ意義があるのだ――。
折しも100年に渡って市民や観光客から慕われ続けた外白渡橋が撤去されることとなった。修復後、再び復帰する予定とはいえ、外白渡橋がこれまで持っていた"物語"の息吹をそこに見ることができるのだろうか。都市文化の保護はいかにしてなされるべきなのかを考えさせる一幕かと思う。
現在、首席公館酒店は毎日、予約は満杯、フル稼働の情況にある。利用者は各企業のCEOや総裁が中心だという。プライバシーを重視するハイソサエティー層にとって、いわばシェルター的な役割も果たしているようだ。 「このホテルで董事会を行うのもよいことでしょう」と殷博士はアピールする。
高い天井、風格のある家具、独特の雰囲気。紋切り型の会議室に飽き足りたCEOたちが心機一転、よりよい発想のためにこの場所を利用するのも一興だといえる。旧来の間取りを維持し、要所でオールド上海の風格を守りつつ、一方でLAN環境やプレゼンテーション設備については最新のものを取り揃える。いわば新旧折衷の独特の体験をしてもらうことで、よりよい発想・経営判断の手助けになるのではないかというのである。
館内には他にカフェバー、レストランがある。屋上のテラスからは旧フランス租界を一望できる。視覚、聴覚、味覚、臭覚、触覚、まさしく五感を通じたオールド上海の実体験ができるのが醍醐味だといえる。
また、ホテルのマネージャーは国際ホテルで豊富な経験を積んだ人材を採用。一般のホテルにある画一的なサービスとは異なり、一人ひとりの顧客に対して「オーダーメード」のサービスが心がけられるようにスタッフ教育も行き届いているという。

都市文化の個性はどこに?
博物館のように参観しかできないのでは都市文化の表面の理解でとどまってしまう。ここを社交の場所としてとらえ、都市文化遺産の延長線で首席公館酒店を見てくれたら――。殷博士は、杜月笙や梅蘭芳らが写る写真をバックに自身の想いを語る。
快適性も徹底追求し、ラグジュアリー性と古典建築が持つ風貌を調和、一体化させた首席公館酒店。「都市の歴史文化はその都市から切り離すことはできない」 ――そんな制約を受けながら、殷博士は杭州、蘇州、天津、青島などでもマンションホテルを開設すべく準備を進めている。順調に計画が進めば09年には11 店開設する予定だという。土地・建造物の選択、それはもはや商才だけでなせる業ではない。歴史建築をこよなく愛し、かつてはアカデミズムに身をおいた殷博士ならではのライフワークといえる。
都市の個性とは何か。それを見出せないならその都市の魅力はないと殷博士は言い切る。首席公館酒店がここに設けられたのは、その建造物が上海の個性を代表するものであるからだ。旧フランス租界の社交界、杜月笙や黄金栄らの裏社会、梅蘭芳…。このホテルを通じて、多くの人たちが上海という都市に関心を向けてほしいというのが殷博士の願いだ。
日本文化にも関心を寄せる殷博士。現代的なものと伝統的なものの調和に長けたその特性、そして中華文化との差異と共通性に触れながら、お互いの文化は相互に参照価値があるものと位置づけられるはずと見ている。
「志を同じくするパートナーが見つかるのならば(マンションホテルの)日本での展開も…」。殷博士は学者というよりは"商才"の片鱗をちらりとのぞかせた。
情報提供: Whenever CHINA 08年4月号
2008/06/16 更新
殷鼎 博士
華典酒店国際投資集団・総裁 CEO
80年代にアメリカに留学、スタンフォード大学で博士号を取得する。アメリア在住歴は10余年。その後、シェラトンホテル集団アジア地区副総裁として日本(東京ベイ)での赴任経験をもつ。2000年に帰国。上海にて瑞安集団・ビンセント・ロー氏とともに新天地プロジェクトで指揮をとったほか、杭州の西溪国家湿地公園開設にも深く関わった。"マンションホテル"(都市歴史文化精品酒店)首席公館酒店の"仕掛け人"。

首席公館酒店(マンションホテル)
上海の旧フランス租界・新楽路に位置する首席公館は、1932年にフランスの建築家ラファイエットによって設計されたという気品あるホテルだ。
博物館を思わせるロビーには、蓄音器やカメラ、小切手、写真など300件以上のアンティーク品が展示、20、30年代の上海を偲ばせる雰囲気を演出している。
客室は32室。4メートルを超える高い天井、そしてセンスの良い調度品が配置されている。スイートルームとなると面積は100平方メートル―140平方メートルある。暖炉を完備、キングサイズのベッドルーム、ジャクジーバスやサウナも備えている。
一方で、ハード、ソフト両面でのホスタピリティー向上にも努め、高級ホテルで経験を積んできた人材をマネジメントにあたらせるほか、快適性をテーマに無線LANを導入するなど現代的機能を付加するなど配慮も随所に見られる。
なお、館内にある中華料理の「翰林金閣鱼翅海鲜酒家」は上海でも有名なフカヒレレストランである。3階にある西洋料理&バー「Magnolia(コンチネンタル・西洋料理)」はテラスをもち、旧フランス租界のたたずまいを一望できる。
視覚、聴覚、味覚、臭覚、触覚、まさしく五感を通じてオールド上海を実体験できるのがこのホテルの醍醐味だといえる。
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