ビジネス連載
「かくあるべき」と無理やり質の高いサービスの提供を目指すのではなく、アットホームで心地よい空間が自然に作り上げられてこそ、初めて顧客の心を長くつなぎとめることができるといえましょう。今回は、上海で19年もの間、駐在員らに語り続けられてきた「伝説」のバーについてご紹介します。

「Yesterday」店内。上海にあるバーでは草分け的存在。店員はほとんど日本語が話せないが、毎晩多くの日本人客が集う
"安心"を売りに繁盛
上海の市街地にある新錦江飯店の近くに、「Yesterday」という小さなカフェバーがあります。この店のオーナーでもあるママは上海人。上海市が酒場の個人経営を許可した一九八八年、自宅を改造して開いたのが始まりで、今年で一九年目を迎えます。
カフェバーといっても日本人が想像するような、とりわけて洒落たお店ではなく、「下町のパブ」といった雰囲気ですが、多くの日本人に愛された「伝説」のバーとしてこれまで語り継がれてきました。この変化の激しい上海で、一個人が一九年間も一つの看板を守り続けることは並大抵ではありません。事実、近年の酒場は一〜二年で閉店あるいは鞍替えしている所が多く、80年代のスタイルのバーなど、この店以外は全て淘汰されています。不思議なことに、店内にあるのは音楽と酒類、ドリンクとピーナッツだけで、ママや接客係りのウエイトレスも日本語がほとんど喋れません。何の仕掛けもない古びたバーなのですが、なぜか時代の波に押し流されることなく営々と繁盛し続けています。
その秘訣は何か。ママは、「ただ真面目にやってきただけ。強いて言えば"安心"を売りにしてきた」と言います。確かに、一九年前当時、街中は「黒」(ぼったくりバー)ばかりで安心して飲める店が少なく、そんな時代に、「器量のよいママがいて、安心して飲める」という評判からこの店には日本人駐在員達が集いはじめ、たちまち彼らの憩いの場となっていきました。当時は、このような店があること自体が驚きと新鮮さをもって受け入れられ、以降、多くの駐在員達が盛り立ててきたという歴史があるのです。
上海の市街地にある新錦江飯店の近くに、「Yesterday」という小さなカフェバーがあります。この店のオーナーでもあるママは上海人。上海市が酒場の個人経営を許可した一九八八年、自宅を改造して開いたのが始まりで、今年で一九年目を迎えます。
カフェバーといっても日本人が想像するような、とりわけて洒落たお店ではなく、「下町のパブ」といった雰囲気ですが、多くの日本人に愛された「伝説」のバーとしてこれまで語り継がれてきました。この変化の激しい上海で、一個人が一九年間も一つの看板を守り続けることは並大抵ではありません。事実、近年の酒場は一〜二年で閉店あるいは鞍替えしている所が多く、80年代のスタイルのバーなど、この店以外は全て淘汰されています。不思議なことに、店内にあるのは音楽と酒類、ドリンクとピーナッツだけで、ママや接客係りのウエイトレスも日本語がほとんど喋れません。何の仕掛けもない古びたバーなのですが、なぜか時代の波に押し流されることなく営々と繁盛し続けています。
その秘訣は何か。ママは、「ただ真面目にやってきただけ。強いて言えば"安心"を売りにしてきた」と言います。確かに、一九年前当時、街中は「黒」(ぼったくりバー)ばかりで安心して飲める店が少なく、そんな時代に、「器量のよいママがいて、安心して飲める」という評判からこの店には日本人駐在員達が集いはじめ、たちまち彼らの憩いの場となっていきました。当時は、このような店があること自体が驚きと新鮮さをもって受け入れられ、以降、多くの駐在員達が盛り立ててきたという歴史があるのです。
「身の丈にあった経営」貫く
しかし、安心だけが繁盛の秘訣ではありません。
店内を観察すると、絶妙の接客マナーがあることに気づきます。例えば、ママは、一度訪れた客の名前を決して忘れません。その優れた記憶力は客を大いに驚かせ、大らかで明るい性格も手伝って、たとえ言葉ができなくても、決して客を退屈にさせることがありません。また、どのテーブルで談笑していても、他の客が今どういう情況にあるかを常に把握しています。抽象的な言い方ですが、全ての客に対して「気付き」と「気配り」があり、店に入ってから出るまで、お酒と会話を楽しむための心地よい空間を、とても自然な形で提供しているのです。
こういったことは、日本では接客のイロハですが、何かにつけ「言わないと気付かない」ことが多い中国で、こうした気配りを受けることは、どこかアットホームで自然な心地よさを感じます。今では、徹底した日本式接客教育を施しているお店もたくさんありますが、「かくあるべき」と無理やり形から入るサービスには、施す側も受ける側も、どこかぎこちなさを感じてしまいます。
更に、「身の丈にあった経営」を貫き通してきたことも成功の秘訣でしょう。様々な誘惑やチャンスがある中で、こういう経営理念を持ち続ける中国人経営者は稀有ではないでしょうか。その背景には、この店を育ててくれた日本人への深い感謝の念があるからだと言います。任期を終えた駐在員達が「またきっと来るからね」と言い残した言葉をママは何よりも大切にしてきたそうです。その理念が多くの顧客の支持を集め、この店の確固たるステータスを形成したのです。
「変わらぬことの強さ」で勝負する経営スタイルは日本的なものだといえます。日本人によって育まれ、日本人によって語り継がれてきたことこそ、この店が「伝説」のバーといわれる所以でしょう。
このコラムは日本中小企業ネット@上海(http://sme.shanghai.or.jp/)のメールマガジンでも配信しています。
しかし、安心だけが繁盛の秘訣ではありません。
店内を観察すると、絶妙の接客マナーがあることに気づきます。例えば、ママは、一度訪れた客の名前を決して忘れません。その優れた記憶力は客を大いに驚かせ、大らかで明るい性格も手伝って、たとえ言葉ができなくても、決して客を退屈にさせることがありません。また、どのテーブルで談笑していても、他の客が今どういう情況にあるかを常に把握しています。抽象的な言い方ですが、全ての客に対して「気付き」と「気配り」があり、店に入ってから出るまで、お酒と会話を楽しむための心地よい空間を、とても自然な形で提供しているのです。
こういったことは、日本では接客のイロハですが、何かにつけ「言わないと気付かない」ことが多い中国で、こうした気配りを受けることは、どこかアットホームで自然な心地よさを感じます。今では、徹底した日本式接客教育を施しているお店もたくさんありますが、「かくあるべき」と無理やり形から入るサービスには、施す側も受ける側も、どこかぎこちなさを感じてしまいます。
更に、「身の丈にあった経営」を貫き通してきたことも成功の秘訣でしょう。様々な誘惑やチャンスがある中で、こういう経営理念を持ち続ける中国人経営者は稀有ではないでしょうか。その背景には、この店を育ててくれた日本人への深い感謝の念があるからだと言います。任期を終えた駐在員達が「またきっと来るからね」と言い残した言葉をママは何よりも大切にしてきたそうです。その理念が多くの顧客の支持を集め、この店の確固たるステータスを形成したのです。
「変わらぬことの強さ」で勝負する経営スタイルは日本的なものだといえます。日本人によって育まれ、日本人によって語り継がれてきたことこそ、この店が「伝説」のバーといわれる所以でしょう。
このコラムは日本中小企業ネット@上海(http://sme.shanghai.or.jp/)のメールマガジンでも配信しています。
情報提供:
Whenever CHINA 07年9月号
Whenever CHINA 07年9月号2007/10/14 更新
村岡健司 (むらおか・けんじ)氏
日中経済貿易センター 上海事務所所長
中国社会科学院 中日経済研究センター特約研究員
上海市外国投資促進中心高級顧問
日中経済貿易センター 上海事務所所長
中国社会科学院 中日経済研究センター特約研究員
上海市外国投資促進中心高級顧問
『週刊エコノミスト』(毎日新聞社)「チャイナウォッチ」にて連載中
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