コンサルティング 中国
判例
P公司の従業員Sさんはボーナスの不支給で、労働仲裁を申し立てた。06年夏、P公司は受注ピークを迎え、総経理は全従業員に残業を命じた。しかし、Sさんは家庭の事情を理由に、残業を拒否した。実は日本語通訳担当のSさんは在宅翻訳アルバイトで忙しく、バイト代と会社の残業代を天秤にかけ、残業の拒否を選んだのだった。
それを知ったP公司はSさんのボーナス支給を中止した。Sさんは会社と交渉したが断られたため、仲裁に踏み切った。仲裁の審理中に、Sさんは(1)労働者の休息権の行使、(2)P公司が多くの従業員に月間36時間以上の残業をさせていることを理由とし抗弁したが、仲裁委員会はSさんの請求を全面的に退け、P公司を支持した。
分析
法は労働者の休息休暇権を保護している一方で、会社が残業を手配する権利を排除したわけではない。『労働法』第41条では、「使用者は生産経営上の都合により、労働組合及び労働者と協議した上で、勤務時間を延長することができる」と残業の要件が定められている。残業は労使間の協議と合意が必要であるため、一見、自己都合による残業拒否は正当である。ところが、会社がとった「懲罰手段」に注目されたい。
P公司はSさんの残業拒否を理由に減俸や降格処分にするのではなく、ボーナスの支給を止めた。月賃金は通常勤務の対価給付だが、ボーナスは業績の反映という成分が大きい。P公司の場合、受注増への対応があってこその業績であり、その対応(残業)を拒否したSさんは当然その成果を享受できないという論理が成立する。また、残業指示に応じたその他の従業員に対しての公平性から考えても、Sさんへのボーナス不支給は適正な処置といえる。
残業36時間の超過問題についてだが、本案の処理範疇ではない。他の従業員が自らの意志で残業を行っていれば、Sさんは「代理抗議」や「代理提訴」ができる立場ではない。中国では、「民不告、官不理」(民が訴えさえしな ければ、官は不問とする)というが、まさにそれに該当する。しかし、労働契約法施行後、残業 36時間の超過問題について、取り扱いがかなり厳格化しており、告発や告訴による行政の立ち入り検査、処罰に留意されたい。
この案件では、P公司にまったくリスクがないかというと、そうではない。業績評価ベースとさ れるボーナスの不支給を一応仲裁委員会が認めたものの、その安定性は不十分だ。ボーナスの属性などの点について、Sさんの代理弁護士が根掘り葉掘りで追及していくと、必ずしもP公司に有利とは限らない。
P公司の従業員Sさんはボーナスの不支給で、労働仲裁を申し立てた。06年夏、P公司は受注ピークを迎え、総経理は全従業員に残業を命じた。しかし、Sさんは家庭の事情を理由に、残業を拒否した。実は日本語通訳担当のSさんは在宅翻訳アルバイトで忙しく、バイト代と会社の残業代を天秤にかけ、残業の拒否を選んだのだった。
それを知ったP公司はSさんのボーナス支給を中止した。Sさんは会社と交渉したが断られたため、仲裁に踏み切った。仲裁の審理中に、Sさんは(1)労働者の休息権の行使、(2)P公司が多くの従業員に月間36時間以上の残業をさせていることを理由とし抗弁したが、仲裁委員会はSさんの請求を全面的に退け、P公司を支持した。
分析
法は労働者の休息休暇権を保護している一方で、会社が残業を手配する権利を排除したわけではない。『労働法』第41条では、「使用者は生産経営上の都合により、労働組合及び労働者と協議した上で、勤務時間を延長することができる」と残業の要件が定められている。残業は労使間の協議と合意が必要であるため、一見、自己都合による残業拒否は正当である。ところが、会社がとった「懲罰手段」に注目されたい。
P公司はSさんの残業拒否を理由に減俸や降格処分にするのではなく、ボーナスの支給を止めた。月賃金は通常勤務の対価給付だが、ボーナスは業績の反映という成分が大きい。P公司の場合、受注増への対応があってこその業績であり、その対応(残業)を拒否したSさんは当然その成果を享受できないという論理が成立する。また、残業指示に応じたその他の従業員に対しての公平性から考えても、Sさんへのボーナス不支給は適正な処置といえる。
残業36時間の超過問題についてだが、本案の処理範疇ではない。他の従業員が自らの意志で残業を行っていれば、Sさんは「代理抗議」や「代理提訴」ができる立場ではない。中国では、「民不告、官不理」(民が訴えさえしな ければ、官は不問とする)というが、まさにそれに該当する。しかし、労働契約法施行後、残業 36時間の超過問題について、取り扱いがかなり厳格化しており、告発や告訴による行政の立ち入り検査、処罰に留意されたい。
この案件では、P公司にまったくリスクがないかというと、そうではない。業績評価ベースとさ れるボーナスの不支給を一応仲裁委員会が認めたものの、その安定性は不十分だ。ボーナスの属性などの点について、Sさんの代理弁護士が根掘り葉掘りで追及していくと、必ずしもP公司に有利とは限らない。
(1)ボーナスは事実上賃金の一部になっていないか?
日本国内の場合、ボーナスは事実上賃金の一部として給付する企業が多い。ボーナスを折り込んだ年間所得総額に基づき、従業員は生活プランを立てる。つまり、「ボーナス」という名がついても、月賃金の一部の積立による一時払いに等しく、事実上年間所得総額の一部を構成する。ボーナスがこのような成分を持っていれば、月賃金の一部であることをSさんが主張することができる。
(2)ボーナスの評価基準は明確なのか?
会社はボーナスの評価ベースを主張するが、明確な評価基準や考課制度はあるだろうか?考課は適正に行っているだろうか?ボーナスが他の従業員に均一的に支給されていれば、考課行為の不在が明白だ。すると、事実上通常賃金の一部としてボーナスの無差別性を指摘されても返す言葉がない。
(3)所得の配分ルールについて、会社は従業員に告知義務を果たしたのか?
賃金とボーナスによって、従業員の年間所得総額が決まる。会社はこの重要な労働条件を従業員に告知しただろうか?告知行為を裏付ける労働契約書や就業規則、業績評価基準書、従業員の受諾書(署名)などのエビデンスを会社が提出できるだろうか?
本裁決は一見、P公司が勝ったかのように見えても、ある意味では運が良かったとしかいいようがない。P公司の人事労務のリスク管理については、改善する余地が大きい。
日本国内の場合、ボーナスは事実上賃金の一部として給付する企業が多い。ボーナスを折り込んだ年間所得総額に基づき、従業員は生活プランを立てる。つまり、「ボーナス」という名がついても、月賃金の一部の積立による一時払いに等しく、事実上年間所得総額の一部を構成する。ボーナスがこのような成分を持っていれば、月賃金の一部であることをSさんが主張することができる。
(2)ボーナスの評価基準は明確なのか?
会社はボーナスの評価ベースを主張するが、明確な評価基準や考課制度はあるだろうか?考課は適正に行っているだろうか?ボーナスが他の従業員に均一的に支給されていれば、考課行為の不在が明白だ。すると、事実上通常賃金の一部としてボーナスの無差別性を指摘されても返す言葉がない。
(3)所得の配分ルールについて、会社は従業員に告知義務を果たしたのか?
賃金とボーナスによって、従業員の年間所得総額が決まる。会社はこの重要な労働条件を従業員に告知しただろうか?告知行為を裏付ける労働契約書や就業規則、業績評価基準書、従業員の受諾書(署名)などのエビデンスを会社が提出できるだろうか?
本裁決は一見、P公司が勝ったかのように見えても、ある意味では運が良かったとしかいいようがない。P公司の人事労務のリスク管理については、改善する余地が大きい。
情報提供:
BiZpresso Vol.48 7月1日発行
BiZpresso Vol.48 7月1日発行2008/09/01 更新
立花聡 氏
上海エリス・コンサルティング有限公司 総代表・首席コンサルタント
華東政法大学 法学博士研究生
復旦大学 法学修士
中欧国際工商学院 経営学修士(MBA)
上海エリス・コンサルティング有限公司 総代表・首席コンサルタント
華東政法大学 法学博士研究生
復旦大学 法学修士
中欧国際工商学院 経営学修士(MBA)
プロフィール…1964年生まれ、華僑系日本人。早稲田大学卒、トステム東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。94年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。00年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る
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