マーケティング 中国
「ビックバン」の契機となったWTO加盟 マイカーブーム到来、大きな潜在的発展空間
1990年代には、わずか50万台であった中国の自動車販売台数は現在、約879万台で、日本を抜いて世界第 2位。生産台数も約888万台で、米国、日本に次ぎ世界第3位となっている。中国がWTOに加盟した2001年末以降の伸びは著しく、外資系の自動車関連メーカーがこぞって中国に進出、毎年100万台以上の増加を示している。
90年代に行われた業界てこ入れ策
1980年代、自動車製造分野における外資への規制が緩和された結果、北京ジープ、広州プジョー、上海フォルクスワーゲンなど外資系合弁会社の先駆けといえる会社が誕生していく。 90年代に入るまで年間 50万台前後を推移するに留まっていた販売台数は、江沢民政権が1994年7月に発表した「自動車工業産業政策」によって飛躍の機会を得る。同政権は、低迷する自動車産業のテコ入れのために、外資の力を積極的に活用していく方向を打ち出したのだった。ただし、メーカーが乱立する状況を望まない政府は、「三大三小二微」を政策の柱とする。「大」は上海汽車、第一汽車とそれぞれに合弁を持っていたフォルクスワーゲンと、東風汽車−シトロエンという組み合わせである。「小」は北京ジープとAMC(アメリカン・モーターズ・コーポレーション:現クライスラー)、広州−プジョー、天津汽車−ダイハツを示す。「微」は軽自動車を意味し、長安鈴木、貴州航天−富士重工といった組み合わせである。この時点では、合弁相手の外資の名前には、トヨタ、ホンダ、日産、GM(ゼネラルモータース)やクライスラーなどは含まれていない。
結局、この政策は既存のメーカーを再分類したということに他ならなかった。外資系企業による本格的な参入を加速する契機となるのは、やはり 1997年に行われたGMへの参入許可、プジョーの撤退による東風汽車に対するホンダの合弁参加(1998年)、そして2001年末のWTO加盟である。
1980年代、自動車製造分野における外資への規制が緩和された結果、北京ジープ、広州プジョー、上海フォルクスワーゲンなど外資系合弁会社の先駆けといえる会社が誕生していく。 90年代に入るまで年間 50万台前後を推移するに留まっていた販売台数は、江沢民政権が1994年7月に発表した「自動車工業産業政策」によって飛躍の機会を得る。同政権は、低迷する自動車産業のテコ入れのために、外資の力を積極的に活用していく方向を打ち出したのだった。ただし、メーカーが乱立する状況を望まない政府は、「三大三小二微」を政策の柱とする。「大」は上海汽車、第一汽車とそれぞれに合弁を持っていたフォルクスワーゲンと、東風汽車−シトロエンという組み合わせである。「小」は北京ジープとAMC(アメリカン・モーターズ・コーポレーション:現クライスラー)、広州−プジョー、天津汽車−ダイハツを示す。「微」は軽自動車を意味し、長安鈴木、貴州航天−富士重工といった組み合わせである。この時点では、合弁相手の外資の名前には、トヨタ、ホンダ、日産、GM(ゼネラルモータース)やクライスラーなどは含まれていない。
結局、この政策は既存のメーカーを再分類したということに他ならなかった。外資系企業による本格的な参入を加速する契機となるのは、やはり 1997年に行われたGMへの参入許可、プジョーの撤退による東風汽車に対するホンダの合弁参加(1998年)、そして2001年末のWTO加盟である。
WTO加盟後に現在の市場が形成
中国政府が掲げた主な目標の1つは、 2006年4月1日より、完成車の関税を100%から20数%に、部品については30%から下げていくこと。2つ目は、卸売り、小売り、金融という自動車に関わるサービスへの参入規制を緩和すること。3つ目は、知的所有権の保護、すなわちTRIPS協定(WTOの知的所有権の貿易関連の側面に関する協定) の要求に応えるというものである。これらの内容は、自動車産業について、外資に対して本格的に門戸を開くことを意味している。その結果、2002年にはトヨタが第一汽車と、日産が東風汽車と、そして韓国の現代自動車が北京汽車と合弁会社を設立し、日米韓自動車メーカーの主立ったところが出そろった。1990年代に新規参入を行った奇瑞汽車や吉利汽車などの新興民族系メーカーも含めて、現在のメーカー分布図がこの頃にできあがった。
その後、中国の自動車販売台数の伸びはさらに加速していく(図)。現在、北京、上海、天津の1人あたりGDP は5000ドルを超え、内陸部の一部や沿海部の都市では3000ドルを超える。消費者の所得の伸びとWTO加盟後の外資合弁メーカーの積極的参入は時期が重なっており、(都市住民のなかでも大きな所得格差があるものの、)富める者は積極的に自動車を購入、空前のマイカーブームを引き起こしている。

中国政府が掲げた主な目標の1つは、 2006年4月1日より、完成車の関税を100%から20数%に、部品については30%から下げていくこと。2つ目は、卸売り、小売り、金融という自動車に関わるサービスへの参入規制を緩和すること。3つ目は、知的所有権の保護、すなわちTRIPS協定(WTOの知的所有権の貿易関連の側面に関する協定) の要求に応えるというものである。これらの内容は、自動車産業について、外資に対して本格的に門戸を開くことを意味している。その結果、2002年にはトヨタが第一汽車と、日産が東風汽車と、そして韓国の現代自動車が北京汽車と合弁会社を設立し、日米韓自動車メーカーの主立ったところが出そろった。1990年代に新規参入を行った奇瑞汽車や吉利汽車などの新興民族系メーカーも含めて、現在のメーカー分布図がこの頃にできあがった。
その後、中国の自動車販売台数の伸びはさらに加速していく(図)。現在、北京、上海、天津の1人あたりGDP は5000ドルを超え、内陸部の一部や沿海部の都市では3000ドルを超える。消費者の所得の伸びとWTO加盟後の外資合弁メーカーの積極的参入は時期が重なっており、(都市住民のなかでも大きな所得格差があるものの、)富める者は積極的に自動車を購入、空前のマイカーブームを引き起こしている。

情報提供:
Whenever CHINA08年8月号
Whenever CHINA08年8月号2008/09/09 更新
梅松林(Mei Song Lin)
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黒龍江省出身。化学、機械加工、不動産、食品、IT など、多岐な領域にわたる投資コンサルティングに携わる。05年より現職。
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